2015-07-31

「松下幸之助症候群」を撲滅しよう

パナソニックの創業者といえば…。
誰もが知っていると言っても過言ではない、
松下幸之助(1894~1989年)です。
ものすごく高齢の方には、
「松下電器」とか「ナショナル」と言わないと通じないかもしれないかれど、
それはさておき。

僕のような和歌山出身者にとって、
立志伝中の人物の代表でしたし、
記憶をたどると、
「立身出世」に否定的の意見を持つことが多い小学校や中学校の先生ですら、
和歌山では松下幸之助の悪口は言いにくい雰囲気があった印象が残っています。

この「経営の神様」とも呼ばれる人物については様々なエピソードが語り継がれています。

・社員を採用するときに「自分は運が強い」という人物を採用した。

・学歴がなく身体も頑強ではなかったので、他人によく質問をして、仕事も積極的に他人に任せた。

…というのはよく知られていることでしょう。

で、やはり、偉人の行動はお手本として真似をされることが多いです。

2015-07-30

グレイトフル・デッドに学べるのはビジネスだけじゃない

米国のロックバンド「グレイトフル・デッド (Grateful Dead)」についての説明をWikipediaから引用すると…。

「1960年代のヒッピー文化、サイケデリック文化を代表するアーティスト」
「デッドヘッズと呼ばれる熱狂的な追っかけファンが多く、ヒットチャートとはほとんど無縁の存在ながら、毎年のようにスタジアム・ツアーを行い、常にアメリカ国内のコンサートの年間収益では一、二を争う存在だった」
「著名人の『デッドヘッズ』としては、第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン、元副大統領アル・ゴアと夫人ティッパー・ゴア、スティーブ・ジョブズ…」
「1995年8月9日、リーダーのガルシアの死去によってバンドは活動停止を宣言、解散した。その後メンバーが再集結してアザー・ワンズを結成、現
在は『ザ・デッド』の名でライブ活動を行っている」

…となり、これでだいたいイメージはつかんでいただけたでしょうか。

この伝説とも言えるバンドの運営形態をビジネスのヒントにしようという本がデイヴィッド・ミーアマン・スコットと、ブライアン・ハリガンの共著『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(渡辺由佳里訳/日経BP社)です。

この邦訳版は2011年12月にコピーライターでwebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰している糸井重里さんの監修で出版されました。

ふつうミュージシャンはリリースしたアルバムを売るためにライブ・ツアーなどを行うのですが、
グレイトフル・デッドはファンにライブの録音を許可するだけでなく、
良い音質で録音してもらうためのスペースまで設けていました。
そうすることで、
自分たちの音楽がコンディションのいい音源で広がって、
ライブの宣伝になるというわけです。

インターネットの普及が進んだ現代では、
珍しいとはいえない手法ではあるのですが、
グレイトフル・デッドはインターネットどころか、
「ウォークマン」すら発売される、はるか前から実行していたんです。

2015-07-29

僕が小説を読む理由

戦後生まれで初めて芥川賞作家となった中上健次が亡くなったのは1992(平成4)年8月12日でした。享年46。

それからまもなく23年です。

亡くなった年の11月に「中上健次の最初で最後の『人生相談』」と銘打った『問答無用』(講談社)が出版されています。雑誌「ORE」1990年4月号から91年7月号まで連載された中上健次による「人生相談」をまとめた本です。

この中で、「小説家になろうと思っているのですが、やっていく自信がありません。中上さんは、どうなされたのか教えてください」という21歳の「U・T」という方と、
「将来、小説を書いてみたいと思いますが、中上先生は、構想などは、どのように組み立てていかれますか」という19歳の「K・K」という方からの相談があります。

この雑誌は男性誌だったようですので、この2人も男性だと思います。

中上健次の回答を要約すると…。

文学も、お稽古ごとと一緒だと思えばいい。
たとえば、ツン、トン、シャンという音が好きで、
三味線の練習をしているうちに、何かを表現したくなる。
文学もそれと同じ。
文章能力や構想などは文章が作ってくれる。
文章は肉体なので、チンポコ(文中の表現のママです)のある奴は文章を書ける。

2015-07-28

「安楽」を一夜の夢と割り切れば

小学生や中学生のときに、
「得意な科目は?」とか「好きな科目は?」って聞かれたら、
何て、答えてましたか?

僕は学校というものが嫌いだったので、
そこに含まれるものの中に好きなものなど、あるはずもなく、
また、好きでもないのに得意なものがあるはずもなく、
答えに困りました。

でも、高校に入ると、
「漢文」はけっこう面白いし、
試験も難しくないので、好きな“部類”だったのですが、
高校生になると、
「好きな科目は?」と聞かれることもなくなったので、
答える機会もなく今に至っています。

その漢文の授業のなかで「孔孟の教え」っていうのを習いました。
「儒教」の代名詞みたいなもので、
「孔孟」の「孔」は孔子、
「孟」は孟子のことを示しているということでした。

その孟子曰く「憂患に生き、安楽に死す」。

それについては、
前にも、このブログで書いたけど
あらためて整理してみます。

守屋洋著『逆境を生き抜くためのすごい言葉一〇〇』(角川SSC文庫)によると、
「心配や悩みがあるからこそ生き残ることができる。安楽にひたっていたのでは破滅を免れない」ということだそうです。

僕は最近まで、この言葉が理解できませんでした。

2015-07-27

公務員50歳定年制導入を!

こちらは「完全版」です
元外交官で作家の佐藤優さんが著書『野蛮人のテーブルマナー』(講談社+α文庫)で、「風俗の経済学」について触れています。

AV(アダルトビデオ)の女優さんが現役で活動できるのは、だいたい1年、いいとこ2年だというんですよね。その後はスナックをやるとか、業界の背後にいる「恐いお兄さん」とか、セレブに愛人として囲われるか…というパターンが多いそうなんです。

細胞と一緒で生まれてから死ぬまでがパターン化して、
新陳代謝を繰り返しているから業界が永続する。
そのシステムの倫理的な問題については今は僕も横に置いておくけど、佐藤さんは、
「一人の子を永久に生き残らせようとすると、永久に生き残る細胞っていったら癌しかないんだから。癌化していくんですよ」と解説しています。

加えて「これは永遠に続くっていう、余人をもって代えがたいって感じをもつと癌細胞が生まれる」とダメ押ししています。

さらに「大統領制をとる国っていうのは、大統領が替わるときに、主要スタッフも全部入れ替えなんですよ。これも官僚組織が癌細胞化することを防ぐためです」と国の体制にもAV産業と同じシステムがあるっていうんですよね。
もちろん、互いにマネをしているわけじゃなくて生き残りの知恵なんでしょうけど…。

そういう意味で、
終身雇用制のなかで高齢化にともなって定年を延長するっていうのは、
生命体としての組織運営の方法としてはかなりの愚策ということになりますよね。

2015-07-26

ガンジーと戦争犯罪

1914年8月4日、第一次世界大戦で英国がドイツに宣戦布告した。

当時、英国の植民地統治下にあったインドの独立の父・ガンジーは、
このときどのような結論を下したか。

蝋山芳郎訳『ガンジー自伝』(中公文庫、1983年6月発行版274~276ページ)によると、
「わたしは、イギリスに在住しているインド人は、戦争にささやかな寄与をすべきである、と思った。イギリスの学生たちは、志願して陸軍に勤務していた。インド人も、これに負けずにやるべきだった」

「戦争への参加が非殺生(アヒンサ)とけっして両立するものではないことは、わたしには全く明らかであった。しかし人間の義務については必ずしも人々に明らかになってはいないのである」

「イギリス滞在中、わたしはイギリス艦隊の庇護を受けていたし、またその武力の下に避難していたとき、わたしは、その潜在的暴力のなかに直接加わっていたのであった」
…とあります。

当時、ガンジーは英国を通じて、自身とインドの現状の改善に期待していたそうで、
ガンジーが英国との連繋を維持し、その旗のもとで生活しようとする方法のひとつとして、
「イギリスの側に立って戦争に参加し、それによって戦争の暴力に抵抗する能力を獲得すること」でした。

さらに、
「盗賊の一団に参加を志願し、彼らの荷物運びまたは彼らが仕事をしている間の見張りとして働く者は、盗賊と同じように、どろぼう行為の罪を犯している。それと同じように、戦闘で負傷した者を介抱しただけの者でも、戦争犯罪からのがれるわけにはいかない」として、
「非殺生の見地から、戦闘員と非戦闘員との間に区別を設けない」ことも明言しました。

そのうえで、
「戦争参加を願い出でることがわたしの義務であると結論した」のです。

2015-07-25

「やせ我慢」の美学の落とし穴

『桂米朝 私の履歴書』(日経ビジネス文庫)を読みました。
戦後「滅びた」とまで言われた上方落語を再興させた米朝師の足跡が描かれています。
米朝師にも、高座にお呼びがかかったのに散髪代もなかった時代があったんですねぇ。
着物にも困った時期もあって、
先に舞台に上がった兄弟弟子に借りるため、
足袋と肌じゅばんで楽屋で待っていたとか…。

しかし、
「好きで飛び込んだ芸の世界。端から見たら惨めでも、本人には落語三昧の天国だ」そうです。
自分の仕事を「天国」と言えるのは、
まさに「天国」ですね。
実際、あんまり苦労話は出てきません。

2015-07-24

インターネットの子供

2005年5月に動画共有サイト「youtube」のベータ版が公開されたそうです。
それから10年。
もうyoutubeは世界各国で、
なくてはならないインフラサービスのひとつと言っても過言ではありません。
もちろん、政策として視聴不可の国があったり、
まだ通信環境が整っていない地域もあったりするでしょうが、
「テロリスト」が反抗声明を出すほどの訴求力の大きいメディアであることは疑いありません。

2015-07-23

「影武者」がいらない日本

スマホからyoutubeへの動画のアップロードも簡単にできるし、
今、ビデオって、とても身近なものになりましたよね。

ちょっと強引なんですが、
ビデオと言えば、
黒澤明監督の『影武者』です。
「落ち武者」じゃないですよ(NHK連続テレビ小説「あまちゃん」を観てたヒトだけ少しニヤッとしてください)。

何の話かというと、
もともと主役は勝新太郎だったのに、
勝さんが自分の演技を撮影するためということで、
ビデオカメラを持ち込んだら、
世界のクロサワが激怒して、
主役が仲代達矢に変わってしまったというエピソードです。

今から考えると、
勝さんのビデオ撮影が許されていたら、
ものすごく貴重な映像資料になっていたはずなんですよね。

それに降板もなくて、
勝版『影武者』も完成していたわけですし…。

2015-07-22

「ジャズでなくJAZZを」關基久さんを偲ぶ

キーボード、ベース、サックス、トロンボーン…。出棺はJAZZで
JR西宮駅を出て梅雨が戻ってきたような蒸し暑さのなかを傘をさして、葬儀が行われる西宮山手会館へ向かっているのに、
大阪・梅田のジャズクラブ「ロイヤルホース」に向かっているような錯覚におちいりました。

オーナーの關基久(せき・もとひさ)さんが「いらっしゃい。雨のなかスンマセ~ン」と笑顔で迎えてくれるような気になったからです。

しかし、葬儀場に着いて遺影を見て現実に戻されました。

「やっぱり本当やったんや…」

訃報に呆然したのがきのう(7月21日)の早朝。出勤前でした。

亡くなったのが20日で、
翌21日が通夜、22日が葬儀とのことでした。

17日にベトナム旅行から帰国されてから、
体調を崩していたのに仕事をされていて、
心不全で亡くなったそうなんです。
亡くなる前日朝までFacebookで、
9月7日に開くライブの告知をされていたんです。

歌手のCHAKAさんも友人代表のひとりとして、
お別れのあいさつをされました。
「關さんに迷惑をかけないように頑張ってきたけど、
もっと甘えればよかった」という言葉が印象に残りました。

2015-07-21

池上彰的になものには用心…。

物事をわかりやすく説明するということが重視され、評価されています。
ただ、積分について、
円の面積や、三角錐の体積の求め方で、
説明されてわかったような気になっても、
全く応用できないうえ、
実はわかっていないのは明白です。
そして、わかる、わからない以前の問題で、
その説明が厳密には正しくない蓋然性も高いといえます。
でも、わかりやすく伝えていると評価されている例のなかには、
同様の例があって、
わかりやすいだけで、
本当は説明になっていないこともあるような気がしています。
わかりやすい単純なものには、
そんな危険もあることを肝に命じたいです。
やはり、難しいものは難しいです。
もちろん、
簡単なことを難しく説明するのは、
もってのほかですが…。

NHK出身のジャーナリスト・池上彰さんの人気は衰えません。
世の中のことをわかりやすく伝えるということの大切さが裏付けられています。

確かに、
世界の情勢を伝える新聞やテレビのニュース記事が、
毎度、基本的なことから説明して報道していたのでは、
本題の「ニュース」にたどりつくまでに、
多くのヒトが別の記事に目移りしたり、
チャンネルを変えたりするでしょうから、
まず、基本の知識を知っておくということはとても大切です。

でも積分について、

2015-07-20

「安保関連法案」より大事なことがありますよね

『江分利満氏の優雅な生活』は山口瞳(1926~95年)がサントリー在職中の1963年に直木賞を受けた小説です。

この中で東京六大学野球の全盛時代だった昭和12(1937)年当時を思い出すシーンがあります。

「昭和12年の大学生は、昭和12年の日本について何を知っていたのだろうか、君たちの力で戦争を止めることはできなかったか。そりゃ無理だよ。そんなことが出来るワケがない。昭和の日本では戦争は避け難い。

 それじゃ学生は浮かれていたのだろうか、絶望していたのだろうか。それもわからない」

結局、何もわからないんですけど、印象に残っている部分です。

この小説は『婦人画報』に1961年10月号から翌年2月号に連載されています。

まだ東海道新幹線も走っていない。東京五輪の前。高度成長期のちょうど真ん中あたりです。

終戦からは15、6年後で、もう戦前のことはわからないわけですね。

2015-07-19

「他力」「自力」そして「無力」

「善人なをもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや」の、いわゆる“悪人正機説”を知ったのは中学生のころだったと思います。
たぶん歴史の時間…、
鎌倉仏教のことを習ったときだったのでしょう。

浄土真宗の宗祖・親鸞が、まず悪人から救われると言ったということが『歎異抄』という書物に記されているというんですね。

当時は浄土真宗って危ない宗教なのか、と思ったくらいですけど、
でも、
京都には西本願寺とか東本願寺という有名で大きな寺があって、
母の実家も浄土真宗。
宗派が真宗という家も多いのに、
別に信者が積極的に悪いことをしているという話は聞いたことがない。
あったとしたら、
ニュースになっているはずですから、
この“悪人正機説”というのは、
なにかの寓意を含んだ逆説的なものだと、
考えたわけです。

でも、そうでもないことは、
『歎異抄』を読んで感じました。

2015-07-18

借り物の「物語」に踊らせていないだろうか

「あっ、これだったのか」と今ごろになって見つけました。

作家の村上春樹さんが、
中国、韓国に対する歴史認識の問題で、
<相手国が「すっきりしたわけじゃないけれど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう」と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから>…と発言したということで、物議をかもしたインタビューの全体を初めて読みました。

47都道府県52新聞社のニュースと共同通信の内外ニュースを束ねた総合サイト「47NEWS」で公開されてまして、
聞き手は共同通信編集委員なので、共同通信の配信ですね。
日付けは2015年4月27日でした。

(上)(中)(下)の3部構成で、
「謝るしかない」に関係するところは全体のなかではほんの一部で、
全体のテーマの「村上春樹さん、時代と歴史と物語を語る」では付け足しのような印象を受けました。

僕が一番、関心を持って読んだのは、

2015-07-17

才能と火花

「ピース」という、お笑いコンビの又吉直樹さん(35歳)の小説『火花』が16日(2015年7月)、第153回芥川賞の受賞作に決まりました。

受賞すれば、お笑い芸人では初ということで、
候補作に選ばれたときから世間から注目されていました。
そんなわけで、
僕も注目していましたが、
この日は衆院で「安保関連法案」が可決したり、台風11号が大阪にも近づいていたりで、
忘れていました。
もちろん、文化部に在籍して文芸を担当をしていたときには、
何があろうとそんなことはなかったです、念のため。

文化部にいたときは、
文芸担当でなくても、
候補作は毎回だいたい目を通していました。
芥川賞の候補作は本になっていない作品がほとんどで、
掲載されている文芸誌で読んでおかないと、
一生、読むことがない恐れが大きいということもありました。

今回の「火花」は興味があったのですが、
すでに本になっていて、
いつでも読めるということもあって、
まだ読んでいませんでした。

ウィキペディアで「又吉直樹」を調べてみると…。

2015-07-16

政治の「需要」と「独創」

「大衆の知恵は、決して創意などは持っていないのである」
…というのは本田技研工業を設立した本田宗一郎さん(1906~91年)の言葉で、
本田さんの著書『やりたいことをやれ』(PHP研究所)に記されています。

つまり、市場調査っていうのは有効だけど、
それは既成製品の評判を探る場合のことで、
独創的な新製品をつくるヒントにはならない。
なぜなら大衆が絶賛するのは大衆が気づかなかった新しい楽しみを提供するものだからだ、というわけです。

本田さんの「独創」への厳しい姿勢がうかがわれる言葉です。

でも、
大衆の気づかない「新しい楽しみ」は何をもとにして、
産み出せばいいのでしょうか?

途方にくれます。

一方、同書のなかにはこんな言葉もあります。

「安易な模倣に走り、独自の創意を放棄するような考え方が生まれた瞬間から、企業は転落と崩壊の道をたどり始めるだろう」

これは「独創」へのヒントになりそうです。
つまり、安易な模倣をしないことが「新しい楽しみ」を創造する条件といえるのかも。

需要は自分で作り出すものだということですね。

ところで、
需要がないのに、のさばっているものってありますよね。

2015-07-15

「生きがいについて」について語るときに僕の語ること

精神科医で、マルクス・アウレーリアス『自省録』(岩波文庫)などの翻訳や、エッセーなどで知られる神谷美恵子(1914~79)の『生きがいについて』(みすず書房)の本文冒頭は、僕にとっては衝撃でした。

<生きがいということばは、日本だけにあるらしい>という一文です。

「生きがい」を手元にある『パーソナル和英辞典』(学研)で引いてみると、
「生き」の項で「生き甲斐 ~がある be worth living」と記されて単語のように独立していない。

「生きがい」も「生きる」+「甲斐」の2語を合わせたものなので、「生きがい」という言葉が日本にしかないとはいえない…とも考えられる。

しかし、僕としては英訳との乖離が大きい気がして“神谷説”のほうが腑に落ちます。

「worth」は「価値」とか「有効性」「財産」という日本語が充てられることが多いけれど、
「生きる価値」や「生きる有効性」と、「生きがい」には隔たりを感じるからです。

2015-07-14

テレビを面白く見る方法

スポーツ中継はみんなで見るのに最適ですね

すみません。
いまだに「テレビのチャンネルをまわす」と言ってしまう世代です。

僕の家にカラーテレビが来たのは小学2、3年のころでしたでしょうか。
大阪万博のころだったと思います。
もしかしたら、
もうちょっと早かったかもしれません。
まだ、カラーの番組には「カラー」という白抜きの文字が入っていたころで、
確か新聞の番組欄にもカラー番組を示すマークがあったと思います。
だからカラーテレビを買ってモノクロ番組も多くて、
記憶が定かじゃないんです。

それはさておき、
「最近のテレビはおもしろくない」という声をよく聞きます。
「ひな壇に芸人が座ったバラエティ番組ばっかり」とか、
「昔の焼き直しばかり」とか、
「アイデアに冒険がない」とか…。

もうとりあえず「テレビは面白くない」ってことで、
という感じで、
もうすぐ、「面白くない」の代名詞が「テレビ」とか「TV」になるんじゃないか、と思うくらいです。

大阪では「おもろない」と言われるのが最大の侮辱といわれてますけどね、
これからは「お前、テレビやなぁ」と言われると、
豆腐の角でアタマを打って死にたくなる大阪人が続出かもしれません。
女子に「このTVがっ!」とか舌打ちされて泣く男子もいるかもです。

しかし、本当にテレビが面白くなくなったんでしょうか。

2015-07-13

本当は聞こえていない声に踊らされるな

「engadget日本版」(2015年07月11日)によると、
「かつて人気を博した特撮人形劇『サンダーバード』の新作を、当時そのままの手法で制作するプロジェクトが立ち上がりました。プロジェクトではすでに全3話分の音声素材を用意しており、現在はクラウドファンディングサービス Kickstarterで映像制作のための出資を募集しています」とのことです。


「サンダーバード」と全く無縁だったという1960年代前半生まれ世代の日本の男っているんでしょうか?

僕はその世代なんですけど、
いたとしたら、天然記念物レベルの希少さで保護しないといけないんじゃないか、と思うほどです、大げさではなく。

そして「サンダーバード」と言えば…。

2015-07-12

スウォッチ「SISTEM51」と九星


「物欲」はないほうだと思います。
あんまり欲しいものってなくて、
仕事であったら便利とかいった類(たぐ)いのものが欲しいなと思うくらい…
なんですが、
ひとつ気になっていたのが、
去年5月に、swatch(スウォッチ)が送り出した「SISTEM51」です。
「100%スイス製」を強調した機械式時計で、
名前の「51」は使っている部品数を現しています。

swatchといえばオシャレな色、デザイン重視のクォーツ式時計の代名詞みたいな感じですけど、
そこが自動巻きと手巻き両方…つまり電池なし…動く機械式時計を発表したわけですよ。

最初は販売店も限定で、日本では銀座でしか買えない特別感を押し出してました。

「物欲」はないほうですが、
機械式時計にはむちゃくちゃ興味があって、
今も常時つかっているのはセイコーの機械式です。
あんな小さなスペースのなかでですよ、
自分で「エネルギー」までまかなってしまうという、
もうエコの鏡みたいなぁ(語尾を上げる感じで読んでください)。

2015-07-11

音楽CDとライブの法則

Tapestry
こんなことってないですか?

JAZZの生のライブに行って感激したので、
会場で、
そのミュージシャンのCDを買います、
サインなんかをしてもらったうえ、
握手までしてもらって、
もう胸がいっぱいになって帰宅します。

そんなときはライブハウスでビールなんかも呑んでいるし、
夜も遅いので、
そのまま寝ます。

で、
翌日、仕事から帰ってきて、
「そういえば、きのうCDを買ったんだ」と思い出して、
プレーヤーにセットして再生すると、
「えっ」と思います。
まず「音が悪い」「生で聴いた細やかさが全然ない」…。

ちょっと、この録音ひどいんじゃないの!…とがっかり。
いくら最近、CDが売れないからって、
手を抜きすぎているんじゃないの、と非難めいた言葉もアタマをよぎります。

それで、このCDはもう聴かないかもな…なんて思ってラックにしまい込みます。

でも、
1カ月くらいして何かBGMがほしいなと思って、
CDラックを探していたら、
そのアルバムが目について、
まだ1回しか聴いてないから…っていう、
もったいないみたいな気持ちもあって、
またプレーヤーに差し込んでみます。

すると…。

2015-07-10

モチベーションの宇宙

「トロンボーン主義」なんて銘打ちながら、
ほとんど、この楽器に関係することなんて書いていません。

理由は簡単です。
最近、全然、練習していないからです。

何と今月に入って一度も吹いていません。
ケースから出して、拭(ふ)いてもいません(こういうのもオヤジギャグなんでしょうね)。

なぜか…?

まず、先週から下唇の裏側のちょうど真ん中に口内炎ができて、
吹けるような状態ではなかった…。
…とはいえ、もう治っているから、
代休だった、きのう(2015年7月9日木曜日)には練習できたはず。

でも吹かなかった。

何でだろう。

自問してみます。

考えてみます。

結論は……。

2015-07-09

「運」と「まぐれ」

就職活動をしていたときのことです。

1984(昭和59)年ですから、
もう30年以上前の昔。

面接で「あなたは自分のことを運がいいと思いますか?」って質問されることが何度かあったんです。

今みたいにたくさんの会社をまわるわけじゃないので、
もしかしたら2度くらいだったのかもしれません。

パナソニック創業者の松下幸之助翁が採用面接のときに、
学生に、これと同じことを聞いて「運がいい」と答えたら採用したそうなんですよね。

もし知っていたら「もう運がいいです。運だけで生きてきましたぁ!!」ってむちゃくちゃ自信を持ってアピールしたはずです。

でも、運悪くか良くかどうかは別にして、
そんな幸之助翁のエピソードを知らなかったんです。

2015-07-08

「ねこ新聞」が変わった


写真で見ても、
よくわからないと思うのですが、
最新号(7月号)から月刊「ねこ新聞」の紙質が変わりました。
これまでの典型的なアート紙から、
照りを省いて、
ツルッと…から、サラッと…に触感も変わりました。
とはいえ、
安っぽくなったわけではなく、
光の反射が少なくなった分、
読みやすくなったうえ、
高級感が増した気がします。

2015-07-07

「毒」の功罪

「弱肉強食」という言葉があります。

最近、否定気味に語られることが多いですけどね。

たとえば、
「強いものが生き残るんじゃない。環境の変化に適応できたものが生き残るんだ」とかです。

強いはずのトラは強いが故に繁殖数がそれほど多くないけれど、それだけに毛皮に希少価値があるので、
密猟などで絶滅の危機になるということも、
「弱肉強食」を否定的にみる材料としてよく引き合いに出されます。

でも、
人間が丸腰で、
トラと対決したら、
かなりの確率で負けることは想像できますよね。

やはり1対1で勝負すると、
「弱肉強食」は真理の色合いを強めます。

とはいえ、
食べたら不味いものは、
見逃してもらえそうなんで、
生き残るために、
非力な生き物は自分を不味くするという戦術が考えられます。

2015-07-06

「母性愛」は「女」だけのものか。


「あんたのブログは長い」と言われました。

形容詞っていうのは難しくて、
前後の脈絡、事情によって、
賛美にもなるし、
非難にもなりますよね。

たとえば「はやい」もそうです。
「仕事がはやい」というのは当然、褒め言葉ですけど、
状況によっては「はやっ!」といわれると、
「もう?」みたいな感じで、
かなり嫌味めいたことになりますよね。

長い、大きい、小さいも然り。

「もみじみたいね、小さくてかわいいね」というのは褒め言葉になるけど、

「小さくてかわいい」は侮辱になることはありますもんね。

僕が言われた「長い」っていうのは、
明らかに批判及び指導だと思うので、
きょうは短くいきたいと思います。

2015-07-05

安全に生き抜くための13カ条

このブログの趣旨は、
「生きる名人」になりたいということで、
いつ死んでもいいように、いかに機嫌よく暮らしていくか、を考え、実践する…なんです。

でも、あんまり、そのテーマに沿ったことができていません。

そこで、今回は、
とりあえず「安全に生き抜くための13カ条」っていうのをひねりだしてみました。

2015-07-04

言いたかったけど、言えなかったこと

同志社大学今出川キャンパスのクラーク記念館(重要文化財)=京都市上京区
たとえば、
電車のなかで、
誰かと誰かがしゃべっているのが耳に入ってくる。

この間も大学生らしい男性ふたりが…
「何かなぁ、きょう授業で先生が言うてたけど、吉本ばななって知ってる?お父さんも有名な人らしいで」
「よしもと、っていうんかなぁ。吉本興業の関係かぁ?」
「そんなんと違(ちが)うみたいやで」
「そんなら梅田のマルビル、建てた人ちゃうん。吉本とかいうてたで」
「えっ、それは吉本興業の関係とちゃうんか」
「そやけど、吉本ばななの本って何か読んだ」
「『蛇にピアス』とかか?読んでないけど」

あのね、もうね、声が出かけましたよ…。

2015-07-03

【小ネタ】「ICOCA」もなかったころ

きのう(2015年7月2日)は今週2回目の休肝日で、
アルコールは摂取せず、
本日(3日)も、
サクッと、独りのみのはずが…。
居酒屋の止まり木の隣に座った、おじさん(66歳)と話し込んでしまって、
予定より、少々多く呑んだのでございます。

はしご…ということにはならなかったのですが、
ほろ酔いよりは、いささか、上機嫌といった按配。

しかし、
そんなことで、
このブログの連続更新記録は途絶えさせたくない。

2015-07-02

虎の威を借る軽業師?

「動物園」という落語があります。

明治時代にできた落語だそうで、
「移動動物園」の呼びもののひとつだったトラが死んでしまった。
これでは客の入りに影響が出るので、
死して皮を残すという言葉の通り、
残ったトラの皮を人間が着ぐるみのようにして、
中に入り、檻のなかで見せ物になるという噺です。

いくらなんでも、あのトラの皮を着ぐるみにやなんて、
そんなことができるわけがない。
でもまぁ落語のことなんで…と深くは考えていなかったのです。

ところが、
『上方落語 桂米朝コレクション7 芸道百般』(ちくま文庫)の「軽業」の速記の項で、米朝師が書いた〈口上〉によりますと…

2015-07-01

クジラと「お天道様」と情報と土俵

「紀伊民報」の電子版「AGARA」によると、
「札幌市出身で、米ニューヨーク在住のドキュメンタリー映画監督、佐々木芽生さん(53)が、クジラをめぐる世界の論争をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作している」。

古式捕鯨発祥の地といわれる和歌山県太地町が主な舞台で、佐々木さんは29日(2015年6月)に和歌山・新宮市で記者会見しました。

映画をつくるきっかけになったのは、イルカ漁を批判的に描いたアメリカのドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が、2010年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞したこと。

「血に染まる真っ赤な海のシーンは世界中に衝撃を与えた。それで太地が世界から注目され、欧米の環境保護や動物愛護団体から攻撃されるようになった。それは一方的。日本の意見をきちんと発信しなければまずいと感じた」そうです。

佐々木さんが強調するのは情報発信の重要さです。