この中で東京六大学野球の全盛時代だった昭和12(1937)年当時を思い出すシーンがあります。
「昭和12年の大学生は、昭和12年の日本について何を知っていたのだろうか、君たちの力で戦争を止めることはできなかったか。そりゃ無理だよ。そんなことが出来るワケがない。昭和の日本では戦争は避け難い。
それじゃ学生は浮かれていたのだろうか、絶望していたのだろうか。それもわからない」
結局、何もわからないんですけど、印象に残っている部分です。
この小説は『婦人画報』に1961年10月号から翌年2月号に連載されています。
まだ東海道新幹線も走っていない。東京五輪の前。高度成長期のちょうど真ん中あたりです。
終戦からは15、6年後で、もう戦前のことはわからないわけですね。
昭和12年といえば、山口瞳が12歳くらいのころですから、
大学生が何を知っていてどういう心境だったのかはわかるすべがなかったのも当然かもしれません。
でも、ふりかえってみて「昭和の日本では戦争は避け難い」と断定するほどには当時の空気は憶えていたのだと思います。
昭和12年といえば、その前年が「二・二六事件」です。
学生が浮かれていたのか、絶望していたのか、はわからないけれど、
まさに「軍靴の音」が高まっていたのは確かなのでしょう。
そして現代。
2015年7月16日に衆院本会議で「安保関連法案」が可決されました。
「戦前の空気に似てきた」「軍靴の音が聞こえてきた」「戦争が始まる」「徴兵制が…」という批判のなかでの「強行採決」でしたが、
実は、本当はまだ「戦前の空気」にもなっていないし、
「軍靴の音」も空耳で、
あんまり切迫感もないから、
「強行採決」ということになったとはいえないでしょうか。
本当に危機感が高まっていたら、
「強行」する必要はなかったような気がするんです。
もちろん多くの憲法学者からは違憲という声のある「集団的自衛権」の行使がなされたとすれば、
米国の戦争に巻き込まれるという危惧は当然でしょう。
しかし、内閣の支持率の低下や、
ネットなどでの反対意見の多さというのは、
まだ必要のないものを先走ってやってしまったのではないか、
という気持ちの反映とはいえないでしょうか。
そういう法案を通す前に、
やるべきことがあるのに、
本当の喫緊の問題に目や耳をそむけているのかもしれない、と感じたのです。
社会保障費の増大、少子高齢化の進行、地方の空洞化、国の財政の悪化、原発問題…。
そういえば、メディアで声高に「賛成」や「反対」の議論をしているのは政治家を含めて学者など比較的、生活が安定した人々ばかりのような気がします。
与野党の政治家や官僚は本当に大事な問題について、お手上げなので、
実はそんなに急がないけど派手さのある「安保関連法案」に世間の目を向けさせて仕事をするふりをしている…というのは、うがった見方でしょうか?
あと十数年して、
「当時から、日本の将来はこんなに悲惨になるのは避け難かった」…と言うことになるのは避けないといけないですね。
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