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2016-08-23

猫の氷河期が終わった…かも。

キャットタワーのてっぺんで、ラッシュアワー状態の球太郎くん(写真左)と雷蔵くん(同右)
きょう(2016年8月23日)の日本経済新聞朝刊によると…
「接客する猫がいる店や旅館が話題だ」そうです。

猫に関係する本500冊以上を集めた「小さなお庭と猫の図書館」(大阪市)では2匹の「司書猫」がいて、仕事帰りの会社員らが、この看板猫をお目当てにやってくるそうです。

このほか東京・上野のバーにいる「バーテンダー猫」や、山形県天童市の旅館の「猫女将」などが紹介されていて、
帝京科学大学アニマルサイエンス学科の山本真理子助教が「動物が安心して過ごせる環境なら、人間もリラックスできる場所という期待が人をひきつける」と説明しています。
で、
記事は「そんな『猫社員』。あなたの会社にも1匹いかがでしょう?」と締めくくっています。

「猫社員」といえば、
和歌山出身の僕は、
和歌山電鐵の「たま駅長」がまずアタマに浮かんでしまいます。

初代は去年亡くなって、今は二代目ですね。

そんなわけで、キョービは猫もビジネス現場で経済に貢献しているわけですよ。

2016-07-05

マスメディアは「大衆」を妄想していた。

もう7月も5日です。
2016年も残り半年を切って大阪では今月下旬には天神祭です。

何と!新聞社を退職して9カ月以上が過ぎてしまいました。
第2の社会人生活が始まってボーッとしている場合じゃないのに、
退社半月前に父が癌(がん)で亡くなったこともあって、
バタバタしているつもりが仕事的にはボーッとしてしまったようで、
気がついたら、夏って感じで、
冬とか春があったっけ?という気分で、
僕の体感では少なくとも本来の2倍くらいで速さで時間が過ぎてますね。

もしかしたら、
まちがって僕にだけ、うっかりと早めに「7月」が来てしまったかと思うくらい。

「7月」が「あっ間違ってました。あわてものなもんで」って謝って引き返していき、
「4月1日」あたりが、「すみません。寝過ごしました」って頭をかきながら“出勤”してきて、
僕も「やっぱ、そうっすよね。いくらエイプリルフールだからって冗談きついわぁ。今が7月なわけないもん」というほうが実感に近いかも。

で、みなさんのところにも「7月」は来ていますか?
「俺のところは、まだ2月だ」という方は病院へ行ってくださいね。

2016-05-25

日経新聞は変わった。

僕以外にも感じている読者がいるかもしれません。

何をか?…というと日本経済新聞の記事スタイルの変化です。

去年10月から自宅で定期購読を始めました(産経新聞も続けてますよ)。

毎日、読むようになって、まず気になったのが1行目から体言止めをつかった記事が多いことでした。

実際の記事ではないけれど、わかりやすく単純な例をあげれば「千年の古都・京都。伝統産業の西陣織は…」みたいな感じです。

日経新聞とネコの雷蔵くん(写真右)と球太郎くん(同左)。政治経済に関心はないと思いますが、紙面を見つめています

僕が駆け出しの新聞記者時代には、「記事の1行目での体言止めは余程の意味や効果がない禁じ手だ」と先輩から教えられました。

「異人館ブームで女性観光客が増えた神戸。」みたいな書き出しは紋切り型で、「神戸」という名詞を修飾しただけで文章ではない、と言われました。

また「兵庫県は●●と発表。」といった体言止めも「発表する」という未来形なのか「発表した」という過去形なのか明確ではないので、基本的に使ってはいけない、と指導されました(これは、正確に説明すると、新聞独特の事情もあって長くなるので今回は省きます)。

だから僕も1行目に体言止めを使うのは字数に制限のある短信や写真説明だけにするようにしてきました。

しかし、日経新聞の記事は、この禁じ手が多くて、企画や連載はだいたい体言止めで始まっているんじゃないかと思うほどでした。

2016-01-06

「よりにて回帰現象」の理由。

最近、格助詞「より」「にて」をつかった文章を見かけることが多くなったと感じているのは僕だけでしょうか。

TVの広告でも「1日よりスタート」とか「梅田にて開催」といった表記が目立っている気がするのです。

新聞社の場合、「より」は「AよりBのほうが…」といった比較を除いては「から」を使うのが原則で、「にて」も「で」がふつうです。

「より」も「にて」も古語ではメジャーだったことを活かして現代では、特別の効果を狙うといった場合やあらたまった古式ゆかしさが尊重される場合を除いてはあまり使わない…という認識でした。

しかし、最近は学生の文章で「より」「にて」を使う例をよく見るようになってきました。新聞記事を書く実習などでは、原則は使わないと伝えてきたんですけど、これだけ氾濫してくると、そちらの方が自然に感じてくるヒトが増えても不思議ではありません。

なぜ、こんな古典回帰のような現象が起きているのか。
球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん)=リビングのテーブルの下にて

2015-11-30

大きいヒツジに目からウロコが…。

凡庸なせいなのだろうけど、目からウロコが落ちることが多いです。

目はもう完全にサカナと違うやろか、と感心するほどで…。

今朝も、もうポロポロポロ落ちまくりました。

日本経済新聞(2015年11月30日付朝刊)で洋画家の絹谷幸二さんが執筆してらっしゃる「私の履歴書」に、こうありました。
「『美』という字は、羊が大きいと書く。羊の毛、肉や乳は、人を凍えから救い、生存を保証してくれる。美しいものとは、何より命を守ってくれるものなのである」
知ってましたか? 僕は全然知りませんでした。


僕は大学の「美学及芸術学専攻」というところを卒業しているので講義で聴いたかもしれないけれど、全く憶えていません。まぁ習ったことは大概わすれたので不思議はないのですが…。

「命を守ってくれるもの」という表現も比喩ではありません。

2015-10-29

いくつに見える?

桂枝雀(1939~1999年)の人気の演目のなかで代表格のひとつといえば「代書」です。異論があるかもしれませんが、そういうことにさせてください。

履歴書をつくってもらうために代書屋に来た松本留五郎が“主人公”です。

生年月日を言ってください、と言われたら「セーネンガッピ」と言ってしまうような人物ですから埒(らち)が明きません。

代書屋が「一体お幾つですねん?」と聞くと自信満々で「26です」と答えるのですが、代書屋は怪訝(けげん)な顔で「どう見ても40過ぎてまっせ」。だいたい、ここで客席からは笑いが起こりますね。

留五郎が、親父が死ぬ間際に、そう教えてくれたと言い張ると、小さめの笑い声が上がり、代書屋が「親父さん、いつ死なはったんです?」と聞くと「さあ、今朝もそれ、嬶(かか)と話することだっせ。『早いもんやなあ、おい、親父が死んでもう20年になるでェ』言うて」で大爆笑というような噺です。

年齡といえば、記者時代に取材で困ったことが何度もありました。日本の新聞って、だいたい取材相手の年齡を入れるんですね。芸能人なんかで公表していない場合や、ご覧になるとわかりますけど、政局、海外の政治経済のニュースなんかは別にして、だいたい年齡は入ってます。プロスポーツ選手の年齡をいちいち入れているのなんて日本くらいかもしれません。

駆け出しのころ、イベント取材なんかでコメントを取った来場者の年齡を聞き忘れてデスクに怒られた経験を持つ記者は少なくないはず。

2015-08-20

能町みね子さんという発見とリスク

ニュース記事の見出しだけを読んで、
適当に内容を判断して中身を誤解していたということはありませんか。

実は、これまでそういうことはほとんどなかったのだけど、
とうとうやってしまいました。

能町みね子さんってご存じですか。
新聞報道によると36歳だそうで、
エッセイストとしてTVなんかにも出演なさっています。
その能町さんが、
今月4日に放送放送されたTV番組「今夜くらべてみました」(日本テレビ系)で、ご自身がが「オネエタレント」のひとりとして紹介されたことに抗議した…というニュースを以前、ネットでチラッとみていたんです。

僕は能町さんが女性なのに、いわゆる「おかま」とか「ニューハーフ」などとも呼ばれる男性に間違えられたという“笑い話”だと考えていたんです。

2015-08-15

30年前の8月15日。

1985(昭和60)年8月15日の具体的な記憶はないのだけれど、
阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)にいたことは間違いない。

当時、神戸支局の“駆け出し”で、高校野球の取材をしていた。

ちょうど30年前になる。

この年の3月に大学を卒業し、
4月から新聞社に入社した。
慌ただしい年だったと思う。

2015-07-08

「ねこ新聞」が変わった


写真で見ても、
よくわからないと思うのですが、
最新号(7月号)から月刊「ねこ新聞」の紙質が変わりました。
これまでの典型的なアート紙から、
照りを省いて、
ツルッと…から、サラッと…に触感も変わりました。
とはいえ、
安っぽくなったわけではなく、
光の反射が少なくなった分、
読みやすくなったうえ、
高級感が増した気がします。

2015-06-11

男のねたみ 女の自信

朝日新聞デジタルの「(異才面談)脳科学者・中野信子さん 脳から考える、男女の差・起業の差」(2015年6月8日)によると…。

「脳科学的には、リーダーは男と女、どちらがいいですか」という質問に対して中野さんは、

「時代や経済環境でいちがいには言えないです。英科学雑誌ネイチャーに2006年に載った論文によると、ねたみ感情は男のほうが強くなる。外部との争いがなく、組織をまとめるときのリーダーは、男性にあまり向いていないでしょう。『あいつは同期なのになぜ社長なのか』といった感情が生まれると、組織はばらばらになります。男同士では組織内で足の引っ張り合いが起きかねません。性別が異なるほうが、ねたみは少ない。男性と女性を交ぜたほうが、組織内の対立は緩和されるでしょう」

…と答えてらっしゃいます。

「外部との争いがなく、組織をまとめるときのリーダーは、男性にあまり向いていない」ということは、既得権があってビジネスモデルが安定している会社や公務員の世界のリーダーっていうのは男には向いていないということになるかしらん。

だからやたらめったらポストがある会社とか、
高級官僚の世界では同期が事務次官になったら、
退官するとかいうようなことがあるんでしょうか。

ただ「あいつは同期なのになぜ社長なのか」って、
そもそも社長の椅子の争奪競争に参加している人間なんてそんなにいてへんやろっ!ってツッコミをいれたくなります。

大企業で銀河系の星の数ほど子会社があるようなケースはまたニュアンスが違ってくるんでしょうけど…。

一方で、
「リーダーは無理」って自覚しているヒトもいますからね。
ちなみに僕です。
みんなで一緒に同じものを食べたり、同じことをするのが苦手で、
小学校のときは給食や運動会、遠足が苦痛でした。
つまり集団行動が嫌いなんで、
いろいろと他人の指示することに向いていない。
好き放題できる独裁者ならば大丈夫じゃないの?―という意見もあるでしょうけど、
やったことがないし、
これからなる予定もないので、
何ともいえません。

とはいえ、
「ねたみ感情は男のほうが強くなる」っていうのはわかる。
これはリーダー指向云々に限りませんもんね。

厳密にいえば、
男女の比較ではよくわかってなくて、
自分に照らしあわせてのことです。

もう朝から晩まで、ねたんでいる気がします。

たとえば、
出勤前に時計代わりにつけているTVでCMに西島秀俊が出てくると、
「ええよな、男前やし、国立大学に入ってるし、お腹でてないし…」とか。

通勤電車のなかで、
男子大学生が女子大学生と楽しそうに話していると、
「そういえば二十歳(はたち)前後の女の子と会話するなんて、
コンビニやカフェでバイトの女の子に注文するときぐらいやで」とか。

会社の帰りに居酒屋に行ったら、
注文したカウンターの隣の客の冷奴のほうがちょっと大きいとか…。

なんかもう僕のアイデンティティは、ねたみで成立しているみたいな…。

世間では、
こういう男を、
「女の腐ったみたいな奴」とも言いますね。
だいたい、これを男に言うのは女性が多いような気がしますけど、
この場合、
「僕が女の腐ったみたいな奴やったら、
あんたは、単に腐った女や」と言い返しますね、
もちろん心の中で、
それも蚊の鳴くような声で…。

男の方が女より、ねたみ感情が強いのだとしたら、
それはたぶん、
自信がないからでしょうね。
他人からどう扱われているか、
どのように評価され、
どんな地位にあるかでしか、
自分を評価できないからではないでしょうか。

女性にも、
もちろんそういう部分はあるでしょうけど、
評価される基準のバリエーションが豊富なので、
敗者復活みたいなことが男より簡単なのかもしれません。
他者の客観的指摘を、
単なる悪口だとが、
誹謗中傷だと、
はねつけることができる力は男性より強いかも。
ぶれない・揺るがない…。
で、ぶれても揺らいでも開きなおれる…。
「私がバイブルなのよ!」って判断基準も盤石です。
(…以上、あくまでもそういう方が少なくないという推定です)

本来、文章の基本としては、
ここに、
その具体例をいくつか示すのが基本なんですけど、
一部の女性から、
「それが女をバカにしてるっていうんだよ」とか、
「女性蔑視の裏返しだ」とか、
「だから、そんなに加齢臭がするんだよ」とか…。
ボコボコにいわれるかもしれないんで、
やめておきます。

2015-05-24

「仕事」で過労死はしない


今年1月、にスイス・チューリッヒで開かれたFIFA(国際サッカー連盟)主催のバロンドール表彰式で、
サッカーライターの賀川浩氏が日本人初となるFIFA会長賞を贈られました。

webニュース「産経WEST」(2015年5月5日【サッカーなんでやねん】)によると、ジャーナリストとして世界で初めてでもあったそうです。

昨年12月に満90歳になられた賀川さんは元サンケイスポーツ編集局長で、
サッカー・ワールドカップ(W杯)の1974年・西ドイツ大会(当時)から2014年のブラジル大会まで計10大会を現地取材されました。

会長賞は、そんなサッカー界への功績が評価されたようです。

今も現役で、
まさに「生きる名人」。
お手本にさせていただきたい方で、
あやかりたい。
昨年8月2日、神戸市立中央図書館で、
賀川さんが開いたW杯ブラジル大会の取材報告会は、
僕も拝聴し、
有り難いことに、ご挨拶までさせていただきました。

やはり、
好きなことを極めてきた人物独特の自由闊達さを感じました。
そのときはまだ「会長賞」は噂にものぼっていないような時期でしたけど、
もちろん、「賞」や「栄誉」を目的に活動されてきたのでありません。
やり続けることができた結果の受賞と栄誉です。

だから体調管理も必要だし、
90歳まで健康に活動できる「運」も関係してくるでしょう。
「神さま」も味方につけないといけないわけです。
その賀川さんの著書に『90歳の昔話ではない。 古今東西サッカークロニクル』があります。
90歳の「現役記者」ともなれば、
個人的な回顧でも充分に読み物になるのでしょうけど、
この本は違います。

序章で、ご自身の「記者稼業」スタートについて、
「当時の産経新聞編集局は、運動部の向こうの文化部に司馬遼太郎がデスクで座っていた頃。運動部にも社会部にも司馬さんと張り合う文章家のデスクたちがいたのも、大きな刺激だった」と書かれているくらいで、
懐古趣味的な部分なくて、
まさにタイトル通り「昔話ではない」。
サッカーの年代記や、
歴代の国内外の選手、
ご自身が取材したW杯について、
客観的な裏付けをもとにした分析などが、
綴られています。

そこには年齢を越えた普遍的ともいえる表現があります。
もちろん経験があっての結果なのでしょうけど…。

それだけに、
この本のなかで、
第三者が賀川さんについて書いた部分は貴重ともいえます。
そのひとつが国吉好弘さん(週刊サッカーマガジン編集部スーパーバイザー)が書かれた「『あとがき』にかえて」。

2002年の日韓W杯開催を目前に控えて、
別冊の発行など過酷な作業が予想された週刊サッカーマガジンの編集部が“本番”前に壮行会的なパーティーを開いたときのこと。

その席に参加した賀川さんは激励のスピーチの最後に、
「仕事が忙しくて、死んだ者はいない」とおっしゃったそうです。

「大変だけど、頑張ってください」というような言葉を漠然と予想していた編集部員たちは、
「肩透かしを食ったというか、妙に納得させられた」といい、
「そりゃそうだよな」という気分で肩の力が抜けたそうなんです。

そのお陰もあってか、
無事に乗り切ってW杯閉会後、通常の生活に戻ったそうなんです。

「仕事が忙しくて、死んだ者はいない」という言葉には異論がある方も少なくないと思います。
「過労死はどうなるんだ」というような指摘ですね。

でも、過労死は、
過酷な勤務・労働が心労になって誘引されるような気がします。

過労死は不幸な「労災」なのでしょう。

賀川さんにとって「仕事」は「労働」とは別のようです。
もちろん無茶な上司の命令に従ったり、、
生活のためだけに、こなしたりするものではない。

だから忙しくても心労が蓄積しないということなのかもしれません。

「仕事」をして生きていきたいと切に思います。

2015-05-03

28年が過ぎて

毎年「5月3日」を迎えるたびに、
いら立ちに似た感情を覚える。
歯がゆさにも近い思いだ。

1987(昭和62)年5月3日、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)が散弾銃を持った人物に襲撃された。
同支局2階にいた2人が撃たれ、
小尻知博記者(当時29歳)が亡くなった。

僕は記者になって3年目を迎えたばかりの駆け出しだった。

いら立ちや、
歯がゆさのような気分を感じるのは、
まず「犯人」が捕まらないことが原因。
それは明確である。

そして、
未だに、
この事件全体を正確に表現する言葉を自分が持ちあわせていないことだ。

当時の報道が、
従前の「事件取材」の方法や表現でなされたことへの疑問は、
すでに書いていて、
その原稿が収められた本も出版されたけれど、
それとはまた異なる。

「言論に対する暴力での弾圧」には違いないのだろうけど、
一眼式のレンジファインダーカメラの焦点が定まらず、
二重像が微妙にずれているような気がする。

「事件」は自分の「外」にある「非日常」だという感覚から、
抜け出せない違和感が原因かもしれない。

…と書きながら、
そんな複雑な表現をすることがいけない…とも自戒する。

簡単にいうと、
他人事(ひとごと)の域を出ていないという嫌悪感だ。

あれから時間が過ぎて、
世の中の状況も人々の意識も変化した。
つまり、
「事件」があった当時の時代と今の空気は違ってきた。
それが良い悪いの問題ではない。

よく「風化」という言葉が使われるが、
現実には
変わっているのは「事件」ではなく、
自分たちなのだとあらためて思い知る。
過去の事実は変わらない。
現在の我々が変わるのだ。

他人事にしてしまっている嫌悪感に話を戻すと、
結局、
端的に言えば、

自分に銃口が向けられる可能性があるとき、
それが言論に関わる問題ならば、
自分の勇気が恐怖を克服できるか、
その自信が確固たるものではないことに嫌悪感を覚えさせるのだろう。

恥ずかしいと思う。
そして、
恥ずかしいと思うことを免罪符にはしてはいけないのは当然だが、
恥ずかしいという気持ちの次へ進むために、
恥ずかしいという感覚は土台として持っておきたい。
この「事件」を適切な言葉で表現するために。