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2017-07-26

カウボーイになった電通マン


「カウボーイって知ってるか?」

そう質問された自分を想像してみてください。
「バカにしとんのか! 知ってるに決まっとるやないか」と思いませんでしたか?

少なくとも僕ならそう思うでしょう…正確に言えば、そう思っていました。

馬にまたがって投げ縄を操りながら牛の群れを追う。もちろんカウボーイハットをかぶっている。そんな姿が頭に浮かべばカウボーイとは何かを知っているという気にはなりますよね。

でも日本人によるカウボーイ体験記である『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』(旅と思索社)を読んでからはカウボーイのことなんてほとんど何も知らなかったことをあたらめて知ったのです。

2016-06-27

ポジティブバカは去れ?ネガティブが流行ってるらしいので、僕にも追い風が吹いてきた。


流行というものに無縁だと思っていました。

でも、そんな僕にも追い風が吹いてきた気がします。

本日(2016年6月27日)の日本経済新聞「夕刊文化」面の記事=写真=によると、
最近、否定的なメッセージを打ち出した「ネガティブ本」の刊行が相次いでいるというのです。

マイナス・ネガティブ思考の自分としては、
ちょっと嬉しい半面、
こんな世の中でいいのだろうか…と、持って生まれたネガティブが噴出して悲観すらしてしまうほどですけどね。

2016-03-25

探しものを見つける方法。


本棚は、だいたい著者別に整理しているんですけど、
50音順で整理しているわけじゃありません。

だから1冊しか持ってない著者の本…これがほとんど…の場合、どこに置いたのがわからなくなることが多いです。

実は今も、
ある本を読む必要があって探したのだけど、
なかなか見つからない。

処分してしまったのかもしれない。
あきらめてAmazonで、同じのが中古本でないか、探そうと思い始めたところで、
電話がかかってきたので出たんです。

椅子に座って携帯で話しながら、ボーっと本棚を見つめていたら、
探していた本が目に入ったんです。

無事、探しものが見つかったわけですが、
なぜ、一所懸命に探していたときは見つけられなかったのか。

答えは簡単です。

2015-12-25

なぜ僕は「誰にでも好かれる人」が嫌いなのか。

元電気通信大学教授で、哲学者の中島義道(なかじま・よしみち)さんがお書きになった『私の嫌いな10の人びと』(新潮文庫)って本を読みました。

この本はタイトルがわかりやすいんで、目次を見ていただけば、まぁだいたいの内容はわかるっていう親切なつくりになっています。

その目次は…。
(1)笑顔の絶えない人
(2)常に感謝の気持ちを忘れない人
(3)みんなの喜ぶ顔が見たい人
(4)いつも前向きに生きている人
(5)自分の仕事に「誇り」を持っている人
(6)「けじめ」を大切にする人
(7)喧嘩が起こるとすぐに止めようとする人
(8)物事をはっきりと言わない人
(9)「おれ、バカだから」と言う人
(10)「わが人生に悔いはない」と思っている人
…となっています。
つまりこの10種類が中島先生の「嫌いな人びと」ってわけです。
ふだんから「誰にでも好かれる人」が大嫌いっていうのを広言している僕です。
この本の目次の人っていうのは誰にでも好かれる人を並べたショーウィンドウの説明書きのタイトルみたいなものなんで、僕もだいたいは嫌い。
だから買って読むわけなんですけどね。
同好の士(?)を見つけたい。

でも、なかには(5)自分の仕事に「誇り」を持っている人…なんていう僕の嫌いじゃない人も含まれています。
ですけど、この(5)の本文を読むと書き出しから…。
“正確に言うと、私は自分の仕事に、普通程度に誇りをもっている人が嫌いなのではなく、自分の仕事にセンチメンタルな生きがいと愛着をもっている人、しかもそれに何の自己反省も加えていない人に漠然とした違和感プラス反感を覚えるのです。だから「誇り」と括弧に入れたわけです”
…と説明されています。
僕も「あっ、それなら嫌い」となります。

僕がこの本を買った理由のひとつは僕はどうして「誰にでも好かれる人」が嫌いなんだろ、という疑問を解き明かしたいということがありました。

2015-11-25

『日本一「ふざけた」会社のギリギリセーフな仕事術』の著者にお詫びしたい。

きのう(2015年11月24日)に、このブログに書いた『リーダーズ英和辞典 第3版』をAmazonで買ったときのポイントを使って中古本を実質0円でゲットしたしたのが、この本。

『日本一「ふざけた」会社のギリギリセーフな仕事術』(中公新書ラクレ)です。

書名にも入っている『日本一「ふざけた」会社』と呼ばれるプロモーション会社「バーグハンバーグバーグ」社長のシモダテツヤさんの著書です。

正直のところ読んだらガッカリしそうな予感があったので、中古かつポイント充当…つまりタダやからええか…ってことで入手したんです。

でもその懸念はいい意味で裏切られ中古かつ実質0円は著者に失礼だったな、と反省するほど参考になりました。

まず株式会社paperboy&co.の創業者で昨年(2014年)の東京都知事選に立候補して(僕を含めて)一部からものすごく注目された家入一真さんと著者との対談は秀逸です。

家入さんの「僕、Vネックしか着ないんだよね。Vだと首が長く見えるんだよ」という話は、「首がない」と言われることがある僕には貴重な情報となりました。これからはVネック!って誓いましたもん。

2015-11-24

『リーダーズ英和辞典 第3版』は老化にやさしい

もっと早く手に入れておけばよかった。
…と自分の優柔不断を攻めました。
『リーダーズ英和辞典 第3版』の話です。

村上春樹との共著『翻訳夜話』(文春新書)もある翻訳家の柴田元幸・元東大教授が「今回の改訂で、日本最強の英和辞典としての地位はますます揺るぎないものになった」と絶賛するのも大げさじゃないと感心しています。

評価が高い辞書だと知ったのが3、4年ほど前、当時、英語の勉強を再開しはじめたばかりの僕は「買おうかな」と思ったんですけど、まもなく「全面改訂版」が出るらしいというのを知って待っていたんですけど、いざ、2012年の夏に実際に「第3版」が出たときは「今さら紙の辞書に1万円(税抜き)もなあ…」と考えて保留していました。

でも、新聞社を辞めてから仕事で英語に接する機会が増えて、これまで持っていた紙の辞書やら電子辞書、ウェブ上の無料の辞書サイトなんかを利用してたんです。

実のところ、それでそんなに不便だという自覚はなかったんですが、たまたまAmazonで柴田・元教授の「『使える辞典』としての有用性は依然群を抜いている。今回の改訂で、日本最強の…」という「推薦のことば」を読んだら、とても役に立ちそうな気がして注文してしまいました。衝動買いに近いです。

で、届いたのが今月11日。

とにかく感激したのは、見出し語の見やすさです。

2015-11-18

中心のない生命体としての吉本興業

産経新聞大阪本社情報サイト「産経関西」も完全に閉鎖されたようなので、自分で書いて掲出していた『吉本興業の正体』(増田晶文著/草思社文庫)の紹介記事をもとにブログ用に書きなおしてみた。今後の吉本興業の動きにはとても興味があるので、現時点での自分用の目印を作っておきたいというのが動機である。著作権上は問題がないと判断している。

…というわけで。

「○○の正体」と銘打ったタイトルは、本や雑誌、そしてTV番組では「○○の秘密」や「○○の裏技」に匹敵するくらい、珍しくない。

で、読んで「どこが正体やねん!」と腑に落ちない思いをしたことも、また、珍しくない……はずだ。(「裏技」には感心することがあるけどね)

それが記憶や偏見に基づいた“正体本”への評価だった。

この本もまた、その類(たぐい)だろうと思っていた。何しろ素材があの「吉本」である。まず、お笑いや演芸という掴みどころがなく、時代の流れに影響されやすい“商品”を扱う会社に「正体もへったくれもないやろ…」という先入観があった。だから結局は「正体のわからない会社でした」という“オチ”で当然だと考えていた。

「○○の正体」という場合、「○○」にあたる対象が清く正しく高潔であればあるほど、「正体」とのギャップの大きさでインパクトが増幅される。そのうえ、最近は清純に見えるアイドルが実は元ヤンキーで…くらいのギャップではほとんどインパクトはない。なのに、その正体を暴かれる対象が「吉本興業」。ちょっとやそっと「エゲツナ~」(岡八郎さんを思い出して読んでください)な“素顔”が見えても驚かない…というのは少なくとも関西で生まれ育った人間のフツーの感覚である。

しかし、違った。

2015-10-09

退職後に変わったこと(2)

きょうは10月9日ですから、
退職して9日目です。
…というわけで変わったことシリーズの2回目です。
実はまだ実感がないというか、
やめる前とやっていることが、そんなに変わらない気がするんで、
気分的には大きな変化はなし…。
起きる時間というか、
雷蔵くん(ネコ、サバトラ、♂、3歳)と球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん)に起こされる時間もだいたい午前5時前後なので変わりなし。
ただ、家で仕事をすることが多いので、
平日に、ほとんど外で飲まなくなりました。
数えてみたら週に2~3回は会社の帰りに軽く呑みに行っていたのに辞めてからは、きのう(8日)が初めて。
梅田に出る用事があったので、
ご無沙汰している店の暖簾をくぐったら、
「生きてたの?」と言われました。

この間まで使っていた二つ折り財布。確か東日本大震災の年(2011年)の誕生日に買ったから4年くらい使いました。グリーンです

2015-08-06

大学教育のリスク

「俺のモノづくりはフリージャズなんだ。アドリブで客を楽しませ、アイデアをいっぱい盛り込んで発注元を喜ばせるんだ」

…というのは東京都墨田区の町工場「岡野工業」社長、岡野雅行さん(1933年~)の著書『心が折れない働き方』(青春出版社)の中の言葉です。

細野さんは穴の直径が0・08ミリの世界一細い「痛くない注射針」の量産化に成功するなどの業績で知られます。

先に引用した「フリージャズ」の下りは岡野さんは図面が描けないんで、
複雑な構造の機械も図面なしで作ってしまう、という話の一部分です。

「痛くない注射針」にしたって、
物理的に不可能とされたことを実現させてしまったわけですが、
もしかしたら、
岡野さんが図面を描きながら考えていたら、
この世界が注目した技は生まれなかったかもしれません。

2015-08-02

自家中毒の「死角」 『大東亜戦争 敗北の本質』を読む

『大東亜戦争 敗北の本質』(ちくま新書)は、
この本のなかでも引用されている儒教・四書五経のひとつ『大学』の「心ここに在らざれば視れども見えず」という警鐘が戦前の日本軍部で生かされなかった実態をデータで証明しています。

「心ここに在らざれば…」とは、人間に見たくないものはとにかく見えないということです。

日本は米国と戦っても国力の差で勝てないという分析が戦前からあったのに、
日露戦争の勝因を背景にして醸成された「空気」のなかで1941(昭和16)年12月8日の開戦に踏み切り、
無計画さが戦時中に露呈していくなかで弥縫策と「精神論」でしのごうとした無謀さが淡々と記され、
読んでいくと唖然とさせられる箇所がいくつもあります。

著者は戦史研究家で元防衛大学校教授の杉之尾宜生(すぎのお・よしお)さんです。

2015-08-01

暴力と宗教とカネと…

早いです。
「早い」というのを客観的に表現する方法がわからないのですが、
「えっ、もう」という実感はものすごいです。
何がかというと、
きょうから8月だということがです。

8月15日で「敗戦」から70年ですけど、
もしかしたら、あっという間だったのかしれません。

現在の歴史に僕というものが参入して、
52年と10カ月ほどなんで、
もっと長い期間「戦後」を生きているヒトはどうなのか、
反対に最近、参入した若い方はどんな感じなのか、
その感覚の共有は難しいです。

「時間」は絶対的な尺度のはずなんですけど、
陸の上を走る10秒と、
水の中を泳ぐ10秒は意味が違ってくるように、
「歴史」への遠近感も個人の「立ち位置」によって、
意味が違ってくるのでしょうね。

「世界史」の教科書を読み直すと、
試験に出る重要度をあまり気にしなければ、
「歴史」のバックボーンは「戦闘」でできているような気がします。

そして、
さらに俯瞰すれば、
歴史を変えるのは、
「暴力」と「宗教」と「カネ」がまず基本的な「力」として存在して、
二次的に「政治」があって、
それぞれを「文化」と「技術」が串刺ししているように思えるのですが、いかがですか。

2015-07-30

グレイトフル・デッドに学べるのはビジネスだけじゃない

米国のロックバンド「グレイトフル・デッド (Grateful Dead)」についての説明をWikipediaから引用すると…。

「1960年代のヒッピー文化、サイケデリック文化を代表するアーティスト」
「デッドヘッズと呼ばれる熱狂的な追っかけファンが多く、ヒットチャートとはほとんど無縁の存在ながら、毎年のようにスタジアム・ツアーを行い、常にアメリカ国内のコンサートの年間収益では一、二を争う存在だった」
「著名人の『デッドヘッズ』としては、第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン、元副大統領アル・ゴアと夫人ティッパー・ゴア、スティーブ・ジョブズ…」
「1995年8月9日、リーダーのガルシアの死去によってバンドは活動停止を宣言、解散した。その後メンバーが再集結してアザー・ワンズを結成、現
在は『ザ・デッド』の名でライブ活動を行っている」

…となり、これでだいたいイメージはつかんでいただけたでしょうか。

この伝説とも言えるバンドの運営形態をビジネスのヒントにしようという本がデイヴィッド・ミーアマン・スコットと、ブライアン・ハリガンの共著『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(渡辺由佳里訳/日経BP社)です。

この邦訳版は2011年12月にコピーライターでwebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰している糸井重里さんの監修で出版されました。

ふつうミュージシャンはリリースしたアルバムを売るためにライブ・ツアーなどを行うのですが、
グレイトフル・デッドはファンにライブの録音を許可するだけでなく、
良い音質で録音してもらうためのスペースまで設けていました。
そうすることで、
自分たちの音楽がコンディションのいい音源で広がって、
ライブの宣伝になるというわけです。

インターネットの普及が進んだ現代では、
珍しいとはいえない手法ではあるのですが、
グレイトフル・デッドはインターネットどころか、
「ウォークマン」すら発売される、はるか前から実行していたんです。

2015-07-29

僕が小説を読む理由

戦後生まれで初めて芥川賞作家となった中上健次が亡くなったのは1992(平成4)年8月12日でした。享年46。

それからまもなく23年です。

亡くなった年の11月に「中上健次の最初で最後の『人生相談』」と銘打った『問答無用』(講談社)が出版されています。雑誌「ORE」1990年4月号から91年7月号まで連載された中上健次による「人生相談」をまとめた本です。

この中で、「小説家になろうと思っているのですが、やっていく自信がありません。中上さんは、どうなされたのか教えてください」という21歳の「U・T」という方と、
「将来、小説を書いてみたいと思いますが、中上先生は、構想などは、どのように組み立てていかれますか」という19歳の「K・K」という方からの相談があります。

この雑誌は男性誌だったようですので、この2人も男性だと思います。

中上健次の回答を要約すると…。

文学も、お稽古ごとと一緒だと思えばいい。
たとえば、ツン、トン、シャンという音が好きで、
三味線の練習をしているうちに、何かを表現したくなる。
文学もそれと同じ。
文章能力や構想などは文章が作ってくれる。
文章は肉体なので、チンポコ(文中の表現のママです)のある奴は文章を書ける。

2015-07-28

「安楽」を一夜の夢と割り切れば

小学生や中学生のときに、
「得意な科目は?」とか「好きな科目は?」って聞かれたら、
何て、答えてましたか?

僕は学校というものが嫌いだったので、
そこに含まれるものの中に好きなものなど、あるはずもなく、
また、好きでもないのに得意なものがあるはずもなく、
答えに困りました。

でも、高校に入ると、
「漢文」はけっこう面白いし、
試験も難しくないので、好きな“部類”だったのですが、
高校生になると、
「好きな科目は?」と聞かれることもなくなったので、
答える機会もなく今に至っています。

その漢文の授業のなかで「孔孟の教え」っていうのを習いました。
「儒教」の代名詞みたいなもので、
「孔孟」の「孔」は孔子、
「孟」は孟子のことを示しているということでした。

その孟子曰く「憂患に生き、安楽に死す」。

それについては、
前にも、このブログで書いたけど
あらためて整理してみます。

守屋洋著『逆境を生き抜くためのすごい言葉一〇〇』(角川SSC文庫)によると、
「心配や悩みがあるからこそ生き残ることができる。安楽にひたっていたのでは破滅を免れない」ということだそうです。

僕は最近まで、この言葉が理解できませんでした。

2015-07-27

公務員50歳定年制導入を!

こちらは「完全版」です
元外交官で作家の佐藤優さんが著書『野蛮人のテーブルマナー』(講談社+α文庫)で、「風俗の経済学」について触れています。

AV(アダルトビデオ)の女優さんが現役で活動できるのは、だいたい1年、いいとこ2年だというんですよね。その後はスナックをやるとか、業界の背後にいる「恐いお兄さん」とか、セレブに愛人として囲われるか…というパターンが多いそうなんです。

細胞と一緒で生まれてから死ぬまでがパターン化して、
新陳代謝を繰り返しているから業界が永続する。
そのシステムの倫理的な問題については今は僕も横に置いておくけど、佐藤さんは、
「一人の子を永久に生き残らせようとすると、永久に生き残る細胞っていったら癌しかないんだから。癌化していくんですよ」と解説しています。

加えて「これは永遠に続くっていう、余人をもって代えがたいって感じをもつと癌細胞が生まれる」とダメ押ししています。

さらに「大統領制をとる国っていうのは、大統領が替わるときに、主要スタッフも全部入れ替えなんですよ。これも官僚組織が癌細胞化することを防ぐためです」と国の体制にもAV産業と同じシステムがあるっていうんですよね。
もちろん、互いにマネをしているわけじゃなくて生き残りの知恵なんでしょうけど…。

そういう意味で、
終身雇用制のなかで高齢化にともなって定年を延長するっていうのは、
生命体としての組織運営の方法としてはかなりの愚策ということになりますよね。

2015-07-26

ガンジーと戦争犯罪

1914年8月4日、第一次世界大戦で英国がドイツに宣戦布告した。

当時、英国の植民地統治下にあったインドの独立の父・ガンジーは、
このときどのような結論を下したか。

蝋山芳郎訳『ガンジー自伝』(中公文庫、1983年6月発行版274~276ページ)によると、
「わたしは、イギリスに在住しているインド人は、戦争にささやかな寄与をすべきである、と思った。イギリスの学生たちは、志願して陸軍に勤務していた。インド人も、これに負けずにやるべきだった」

「戦争への参加が非殺生(アヒンサ)とけっして両立するものではないことは、わたしには全く明らかであった。しかし人間の義務については必ずしも人々に明らかになってはいないのである」

「イギリス滞在中、わたしはイギリス艦隊の庇護を受けていたし、またその武力の下に避難していたとき、わたしは、その潜在的暴力のなかに直接加わっていたのであった」
…とあります。

当時、ガンジーは英国を通じて、自身とインドの現状の改善に期待していたそうで、
ガンジーが英国との連繋を維持し、その旗のもとで生活しようとする方法のひとつとして、
「イギリスの側に立って戦争に参加し、それによって戦争の暴力に抵抗する能力を獲得すること」でした。

さらに、
「盗賊の一団に参加を志願し、彼らの荷物運びまたは彼らが仕事をしている間の見張りとして働く者は、盗賊と同じように、どろぼう行為の罪を犯している。それと同じように、戦闘で負傷した者を介抱しただけの者でも、戦争犯罪からのがれるわけにはいかない」として、
「非殺生の見地から、戦闘員と非戦闘員との間に区別を設けない」ことも明言しました。

そのうえで、
「戦争参加を願い出でることがわたしの義務であると結論した」のです。

2015-07-25

「やせ我慢」の美学の落とし穴

『桂米朝 私の履歴書』(日経ビジネス文庫)を読みました。
戦後「滅びた」とまで言われた上方落語を再興させた米朝師の足跡が描かれています。
米朝師にも、高座にお呼びがかかったのに散髪代もなかった時代があったんですねぇ。
着物にも困った時期もあって、
先に舞台に上がった兄弟弟子に借りるため、
足袋と肌じゅばんで楽屋で待っていたとか…。

しかし、
「好きで飛び込んだ芸の世界。端から見たら惨めでも、本人には落語三昧の天国だ」そうです。
自分の仕事を「天国」と言えるのは、
まさに「天国」ですね。
実際、あんまり苦労話は出てきません。

2015-07-20

「安保関連法案」より大事なことがありますよね

『江分利満氏の優雅な生活』は山口瞳(1926~95年)がサントリー在職中の1963年に直木賞を受けた小説です。

この中で東京六大学野球の全盛時代だった昭和12(1937)年当時を思い出すシーンがあります。

「昭和12年の大学生は、昭和12年の日本について何を知っていたのだろうか、君たちの力で戦争を止めることはできなかったか。そりゃ無理だよ。そんなことが出来るワケがない。昭和の日本では戦争は避け難い。

 それじゃ学生は浮かれていたのだろうか、絶望していたのだろうか。それもわからない」

結局、何もわからないんですけど、印象に残っている部分です。

この小説は『婦人画報』に1961年10月号から翌年2月号に連載されています。

まだ東海道新幹線も走っていない。東京五輪の前。高度成長期のちょうど真ん中あたりです。

終戦からは15、6年後で、もう戦前のことはわからないわけですね。

2015-07-17

才能と火花

「ピース」という、お笑いコンビの又吉直樹さん(35歳)の小説『火花』が16日(2015年7月)、第153回芥川賞の受賞作に決まりました。

受賞すれば、お笑い芸人では初ということで、
候補作に選ばれたときから世間から注目されていました。
そんなわけで、
僕も注目していましたが、
この日は衆院で「安保関連法案」が可決したり、台風11号が大阪にも近づいていたりで、
忘れていました。
もちろん、文化部に在籍して文芸を担当をしていたときには、
何があろうとそんなことはなかったです、念のため。

文化部にいたときは、
文芸担当でなくても、
候補作は毎回だいたい目を通していました。
芥川賞の候補作は本になっていない作品がほとんどで、
掲載されている文芸誌で読んでおかないと、
一生、読むことがない恐れが大きいということもありました。

今回の「火花」は興味があったのですが、
すでに本になっていて、
いつでも読めるということもあって、
まだ読んでいませんでした。

ウィキペディアで「又吉直樹」を調べてみると…。

2015-07-16

政治の「需要」と「独創」

「大衆の知恵は、決して創意などは持っていないのである」
…というのは本田技研工業を設立した本田宗一郎さん(1906~91年)の言葉で、
本田さんの著書『やりたいことをやれ』(PHP研究所)に記されています。

つまり、市場調査っていうのは有効だけど、
それは既成製品の評判を探る場合のことで、
独創的な新製品をつくるヒントにはならない。
なぜなら大衆が絶賛するのは大衆が気づかなかった新しい楽しみを提供するものだからだ、というわけです。

本田さんの「独創」への厳しい姿勢がうかがわれる言葉です。

でも、
大衆の気づかない「新しい楽しみ」は何をもとにして、
産み出せばいいのでしょうか?

途方にくれます。

一方、同書のなかにはこんな言葉もあります。

「安易な模倣に走り、独自の創意を放棄するような考え方が生まれた瞬間から、企業は転落と崩壊の道をたどり始めるだろう」

これは「独創」へのヒントになりそうです。
つまり、安易な模倣をしないことが「新しい楽しみ」を創造する条件といえるのかも。

需要は自分で作り出すものだということですね。

ところで、
需要がないのに、のさばっているものってありますよね。