2015-07-23

「影武者」がいらない日本

スマホからyoutubeへの動画のアップロードも簡単にできるし、
今、ビデオって、とても身近なものになりましたよね。

ちょっと強引なんですが、
ビデオと言えば、
黒澤明監督の『影武者』です。
「落ち武者」じゃないですよ(NHK連続テレビ小説「あまちゃん」を観てたヒトだけ少しニヤッとしてください)。

何の話かというと、
もともと主役は勝新太郎だったのに、
勝さんが自分の演技を撮影するためということで、
ビデオカメラを持ち込んだら、
世界のクロサワが激怒して、
主役が仲代達矢に変わってしまったというエピソードです。

今から考えると、
勝さんのビデオ撮影が許されていたら、
ものすごく貴重な映像資料になっていたはずなんですよね。

それに降板もなくて、
勝版『影武者』も完成していたわけですし…。
劇場公開は1980(昭和55)年で、
僕がまだ人間よりもサルに近かった和歌山の高校の3年生のとき。
観に行きましたよ。

映画は黒澤監督の妥協しない姿勢が隅々にまで行き渡って、
高校生でも面白く、息を飲みながら鑑賞しました。

しかし、
仲代さんは気の毒だと思いました。

僕が勝新は日本で一番の俳優だと思っているせいもありますけど、
いちいち勝新が演じていたら、
どんな感じだっただろうと想像してしまうんです。

特に「影武者」が武田信玄が憑依したかのような威厳ある面持ちを見せて、
周囲の者も、信玄本人がいるように錯覚するシーンは見せ場のひとつですが、
ここはもともとは盗人だった「影武者」の野卑さとの対比が大事なところ。
僕は黒澤監督が、
このシーンのために勝新をキャスティングしたのではないかと思うほどなんです。
仲代さんのように、
ふだんから洗練された威厳がある役者にはきつい…。

それはさておき、
昔の武将には「影武者」が必要なほど、
存在感や影響力があったんですね。

今の日本に「影武者」が必要なほどの人間なんていないような気がします。

それがいいことか悪いことなのかはわからないけれど、
トホホな話、
自分が悪いことをしているのに罪をなすりつけるための「身代わり」を必要とするエラいヒトはいっぱいいる気がしますけど。

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