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2016-11-06

カラスに謝るべきか?

万博記念公園(大阪・吹田市)=2016年11月6日
お風呂で、ちゃんと洗いもせず、短い時間に済ませてしまうことを「烏(カラス)の行水」といいますよね。

実際にカラスが行水をしているところを見たことがありますか?

僕はきょう(2016年11月6日)初めて目撃しました。

2016-06-18

セコいことばかりをニュースで見るのはダルいけど…。

舛添要一・都知事の問題を取り上げたニューヨーク・タイムズは、この件に絡んで日本では「sekoi(セコい)」という言葉があふれたみたいな記事を電子版に掲載したということをTV番組で知りました。
 僕は「セコい」というのは英語の“secondhand”が語源だと思っていたので、
輸入された言葉がまた輸出された面白い現象だという感想を抱きました。
でも、念のため調べてみると、「世故」という言葉が形容詞になったそうで、 鎌倉時代には用例がみられるそうです。

2016-05-25

日経新聞は変わった。

僕以外にも感じている読者がいるかもしれません。

何をか?…というと日本経済新聞の記事スタイルの変化です。

去年10月から自宅で定期購読を始めました(産経新聞も続けてますよ)。

毎日、読むようになって、まず気になったのが1行目から体言止めをつかった記事が多いことでした。

実際の記事ではないけれど、わかりやすく単純な例をあげれば「千年の古都・京都。伝統産業の西陣織は…」みたいな感じです。

日経新聞とネコの雷蔵くん(写真右)と球太郎くん(同左)。政治経済に関心はないと思いますが、紙面を見つめています

僕が駆け出しの新聞記者時代には、「記事の1行目での体言止めは余程の意味や効果がない禁じ手だ」と先輩から教えられました。

「異人館ブームで女性観光客が増えた神戸。」みたいな書き出しは紋切り型で、「神戸」という名詞を修飾しただけで文章ではない、と言われました。

また「兵庫県は●●と発表。」といった体言止めも「発表する」という未来形なのか「発表した」という過去形なのか明確ではないので、基本的に使ってはいけない、と指導されました(これは、正確に説明すると、新聞独特の事情もあって長くなるので今回は省きます)。

だから僕も1行目に体言止めを使うのは字数に制限のある短信や写真説明だけにするようにしてきました。

しかし、日経新聞の記事は、この禁じ手が多くて、企画や連載はだいたい体言止めで始まっているんじゃないかと思うほどでした。

2016-01-06

「よりにて回帰現象」の理由。

最近、格助詞「より」「にて」をつかった文章を見かけることが多くなったと感じているのは僕だけでしょうか。

TVの広告でも「1日よりスタート」とか「梅田にて開催」といった表記が目立っている気がするのです。

新聞社の場合、「より」は「AよりBのほうが…」といった比較を除いては「から」を使うのが原則で、「にて」も「で」がふつうです。

「より」も「にて」も古語ではメジャーだったことを活かして現代では、特別の効果を狙うといった場合やあらたまった古式ゆかしさが尊重される場合を除いてはあまり使わない…という認識でした。

しかし、最近は学生の文章で「より」「にて」を使う例をよく見るようになってきました。新聞記事を書く実習などでは、原則は使わないと伝えてきたんですけど、これだけ氾濫してくると、そちらの方が自然に感じてくるヒトが増えても不思議ではありません。

なぜ、こんな古典回帰のような現象が起きているのか。
球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん)=リビングのテーブルの下にて

2015-08-09

剣はペンよりも弱いか。

「安保法制法案」などの問題もあって、
「8月15日」を前に「戦後70年」に関する論議や考察が重ねられています。

僕も今、昭和史や、戦争とメディアに関する本を立て続けに読んでおりまして、
咀嚼(そしゃく)して、どのように自分の知識や意見としていけば、
いいのか検討しているところです。

「何を今さら」という叱責も聞こえてくるような気がしますが、
いろんなものを読めば読むほど、
一筋縄ではいかないという思いが強くなるんです。
その半面、
読むものの幅を広げていくと、
学問的な検証などで「間違い」だと言い切っても許されるようなことを「真実」の前提として語っているような意見もあるような気がして、
人々のアタマのなかになる歴史の多様さに、
唖然としているような次第です。

一方「新聞」というメディアの一般論にしていいのか、どうかはわからないのですが、
抽象的には「大東亜戦争=太平洋戦争」に関しては、
「新聞」が「国民」を駆り立てたというのは間違いないという気はしています。
ただ、当時、どれくらい「新聞」が影響力を持っていたのかが実感として分からず、
実質的な関与の度合いが僕の想像力では心もとない部分もあります。

それに関する話ですけど、
「ペンは剣よりも強し」という言葉があります。
言論は暴力を凌駕するということで、
ジャーナリズムの「力」を示す象徴的な言葉となっています。
ですから、
ジャーナリストは言論弾圧に屈してはいけないことになっていますし、
言論が統制されるような社会は不健全だということになっていて、
たぶん、それに異議をとなえる方はいらっしゃらないだろうし、
もし、いらっしゃったとしても、極めて少数に違いありません。
僕も、そのこと自体には異議は全くありません。
ただ、歴史のなかで、

2015-07-15

「生きがいについて」について語るときに僕の語ること

精神科医で、マルクス・アウレーリアス『自省録』(岩波文庫)などの翻訳や、エッセーなどで知られる神谷美恵子(1914~79)の『生きがいについて』(みすず書房)の本文冒頭は、僕にとっては衝撃でした。

<生きがいということばは、日本だけにあるらしい>という一文です。

「生きがい」を手元にある『パーソナル和英辞典』(学研)で引いてみると、
「生き」の項で「生き甲斐 ~がある be worth living」と記されて単語のように独立していない。

「生きがい」も「生きる」+「甲斐」の2語を合わせたものなので、「生きがい」という言葉が日本にしかないとはいえない…とも考えられる。

しかし、僕としては英訳との乖離が大きい気がして“神谷説”のほうが腑に落ちます。

「worth」は「価値」とか「有効性」「財産」という日本語が充てられることが多いけれど、
「生きる価値」や「生きる有効性」と、「生きがい」には隔たりを感じるからです。

2015-06-24

人生は芝居かもしれないけれど


「名言」というものがあります。

「ローマは一日にして成らず(Rome was not built in a day)」は、
その代表格のひとつ。

「千里の道も一歩から(A journey of a thousand miles begins with a single step)」と同じような意味ですよね。

これはどこの誰が行ったかに関係なく、
腑に落ちる真理のような響きがあります。
僕が言っても「そんなことないやろ」なんて言われませんからね。

ただ…
「わかってるんやったら、実践せーや」と思われるだけです。

一方、
このヒトが言うからこそ値打ちがある、という名言もあります。
たとえば、
「私は将来について悩まない。すぐにやって来るから(I never think of the future, it comes soon enough)」という言葉です。

たぶん、僕が言ったら、
誰も聞いてないか、
聞いていても、
「悩めよ!」って突っ込まれるのがオチなのは明白です。

ところが、
ノーベル賞学者のアルベルト・アインシュタイン(1879~1955年)が言ったといわれると、
なんだか、にわかに真理の光をピカぁ~っと放つような気がします。
「そうなんや。そうかなとは思ってたけど、やっぱりな。ヨメに内緒にしてることがあってバレたら絶対、エラいことになるけど、もう悩まへんで」って気になります。
その通りにしたら何かいいことがある気がしますもんね。
少なくとも徒労はしないほうがいいと信じることができます。

ところで、
「人生は芝居の如し。上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし」という言葉があります。

福沢諭吉(1835~1901年)が言ったとされていて、
慶應義塾の創始者で、お札にもなっているエラいヒトの教えなんだから、
「確かに、そうやな」という気になります。
「何事も一心に」って、
善いことに見えても、
実は社会に害を与えるようなこともあるのに、
それでも?とは指摘しにくい気分になります。

ところが、
日本各地の図書館が利用者からの質問に対して調査した結果を集めている「レファレンス協同データベース」によると、

「福澤諭吉の言葉ではない。なぜ福澤の言葉ということになったのか、本当は誰の言葉なのかは不明である」そうなんです。

「回答プロセス」も公開されていて、

<名言・名句事典、人生訓関連図書、福澤諭吉全集、福澤諭吉の伝記資料にあたった。『人生名言集』『格言の花束』『心に響く名言辞典』に福澤諭吉の言葉として掲載されているが、いずれも出典には触れていない。

名言事典・福澤諭吉の伝記・人生訓の本、いずれも記述なし。

慶應義塾大学メディアセンターに調査依頼をしたところ、同大学内福澤研究センターからの回答ということで、「福澤諭吉の言葉ではない」との情報を得る。

なお、インターネットに『福翁自伝』が出典であるとの情報があり、確認をしたが、該当の文言の発見には至らなかった>

…とのこと。

「備考」として、

<『文明論之概略』(『福澤諭吉全集』 第4巻 p39)に「文明は恰も一大劇場の如く、制度文学商売以下のものは役者の如し。此役者なるもの各得意の芸を奏して一段の所作を勤め、よく劇の趣意に叶ふて真情を写しだし、見物の客をして悦ばしむる者を名けて役者の功なる者とす。」という文がある。似たようなフレーズがあるが、言っていることは全く異なると思われる>

――ともあって、
完膚なきまでに否定されてしまっています。

そうなってくると、
先ほどの「人生は芝居の如し…」という言葉が色あせて見えてきませんか。

なんだか、
結論と前提もつながってないような気もします。

「名言には変わりない」という方もいらっしゃるかもしれませんが、
この言葉に対するイメージは変わったはずです。

教訓めいた言い方になりますけど、
(自戒をこめて)
何か心に響く言葉や、
なるほどと共感する意見があったら、
それは発言した本人を信用しているので、
そう思うのか、
誰が言っても賛同できるのか、
を常に自問しないといけないということですね。

どちらの場合が良いとか悪いという問題じゃないですよ、もちろん。
発言によって自分の行動を決める場合は、
言っている本人への信頼が重要ですし、
言っている本人が好きでも、
間違っていることはあるので、
情況によって、
何を重視するのがベターなのかの選択が必要です。

同じセリフでも、
演じる役者が違えば、
感動も印象も違ってきます。

名役者は、
嘘も真実にする力があることは理解しておいたほうがいいということです。

感動や共感による高揚と、
安酒の酩酊は区別がつきにくい。
二日酔いになっても、
質の悪い成分が原因なのか、
良い酒だったから飲みすぎたのか…。

ウィキペディア日本語版から

2015-06-14

ウォーレン・バフェットの失敗

『チャールズ・エリスが選ぶ「投資の名言」』(日経ビジネス人文庫)には、
投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの筆頭株主で、会長兼CEOの、ウォーレン・バフェット(Warren Buffett、1930年~)のエッセーが2つ掲載されています。

バフェットは、
長者番付の「フォーブズ400」の常連なので、
名前くらいは知っている方がほとんどだと思いますが、
世界的にも一番とか二番とかいう金持ちです。

amazonの本のカテゴリーで「バフェット」を検索すると220件ヒットしました。
「村上春樹」では1130件なので、
「バフェット」の220件が多いのか少ないのか僕には判断できないのだけれど、
まぁそこそこの数字なのだと思います。
つまりあやかりたい人間は少なくないということです。

僕もバフェットがチェリーコークを一日に何本も飲むと聞いたので、
輸入雑貨店で買って飲みましたが、
金持ちになったという実感はありません。
日本ではチェリーコークが、
期間限定販売とか、
並行輸入でしか手に入らないので、
一日に何本も飲むというのは簡単じゃないですし、
何よりも、
僕は甘い飲み物があんまり好きではないので、
頑張っても一日1本ですね。

本題に戻ります。

この本に収録されているバフェットのエッセーのひとつが、
「二五年間の失敗」というタイトルです。
執筆当時、バフェットはバークシャー・ハサウェイのオーナーとして企業を買ったり経営したりして25年。
その経験を振り返って、
「要するに、収益力の低い企業を安値で買うよりも、素晴らしい会社をそれなりの値段であっても購入するほうがよいということだ。このことに気づくまでしばらくかかった」と書いています。

要するに掘り出し物はない、ということですね。

それから、
「優秀と言われる経営陣が悪い企業を立て直そうとしても、たいていは失敗する」そうで、
「私の最も大きな発見は、ビジネスにおいては、いわば『組織が本質的に持つ欠陥』とでもいうべきものが圧倒的に重要だということである…中略…むしろ、合理的な経営判断などというものは、『組織の欠陥』の前にはひとたまりもないようだ」と述べています。

簡単に言うと「アカン組織はどうしてもアカンねん」という身も蓋もない話ですね。

理由の筆頭に挙げられているのが、
「組織はどんな変化に対しても常に抵抗する」ということ。

そういう意味では、
どう見ても「アカン」組織が大した変化もなしに復活したかのような姿になった場合は要注意ということかもしれません。

これは企業などの組織だけではなく、
業界全体でも言えることかもしれませんね。
もしかしたら「国家」についても…。

バフェットの“反省”は、
「アカンもんは抵抗勢力を排除して変化しないと立ち直らない」という教訓としたいと思います。

それから興味深いのは、このエッセーの締めくくりです。
バフェットは、
「二五年間の失敗について話してきたが」、25年後に「同じように過去五〇年間の失敗について話してみたい」と語っています。

その25年後というのが今年2015年です。
ネットで調べたところ、該当する文章が見つかりませんでした。
どんな「失敗」が語られるのか楽しみです。

2015-06-05

自分で生きるために深く掘る

ウンベルト・サバ詩集
須賀敦子訳『ウンベルト・サバ詩集』(みすず書房)のなかに、
「仕事」という短い作品が納められています。

ずっとむかし、
ぼくは楽々と生きていた。土は
ゆたかに、花も実も、くれた。

いまは、乾いた、かたい土地を耕している。
鍬は、
石ころにあたり、藪につきあたる。もっと深く
掘らなければ。宝をさがす人のように。

以上が、その全文で、
改行も同書掲載のままです。

随筆家でイタリア文学者の須賀敦子さん(1929~1998年)のファンは少なくないので、
サバのこともご存じの方は多いでしょうが、
20世紀最大のイタリア最大の詩人のひとりといわれています。
1883年に生まれ、1957年に亡くなりました。

引用したのは僕が好きな詩のひとつです。

この「ぼく」はサバ自身のことなのか、
人間一般のことなのか、
正確なことはわからないのですけれど、
僕自身は土が花も実もくれた楽々と生きた経験がないので、
後者を想定しています。

自然災害や、違う“部族”からの攻撃による脅威はあったにせよ、
生きる糧は自然がくれた。
もちろん収穫などの労働は必要だったでしょうけれど…。

その労力さえ厭わなければ、
生きていけたようです。

ところが、
現代の先進国をはじめとした社会ではそうはいきません。
だから「あした」の糧に思い煩うことになり、
「おカネ」がないと、どうしょうもない。

だから「組織」なり「制度」なりに期待するし、依存することになります。

いくら高い学歴があったり、地位に恵まれ、公認の資格・免許を持っていても、
「組織」や「制度」に依存しなければ、
不安になるわけですね。

僕も例外ではありません。

つまり裸一貫で「稼ぐ力」がないと、
変化を恐れることになります。

そこで希望と勇気を与えてくれるのは、
この詩です。

つまり「石ころ」とか「藪」といった障害はあるけれども、
もっと深く掘れば「宝」に行き着くと、
叱咤激励してくれています。

たとえば「郷土愛」など…。
保身のために「愛」を隠れ蓑にして、
自主性を偽装したくはありません。
もちろん純粋な「愛」もあるだろうけど…。

考えてみれば、
僕は掘ろうとしたことがないのかもしれません。
「宝」はもっと浅いところにあると思っていたので…。


だから、
僕はもっと深く掘ろうと思います。

2015-05-30

俗字のバカ野郎

近鉄・奈良線の電車内の吊り広告=2015年5月29日

新聞社・通信社はどこも、

「たんけん」は「探検」、
「ぼうけん」は「冒険」と表記することになっています。
「検」と「険」に使い分けですね。

「冒険」の「険」を「検」にすると、
明らかに間違いって感じですけど、
微妙なのは「たんけん」ですね。

きのうも仕事で近鉄奈良線に乗っていたら、
「明治探険隊」と印刷された吊り広告を見ました。
明治村(愛知・犬山市)のイベントの宣伝です。

「たんけん」が「探険」と表記されると、
職業的に染み込んでいる意識が、

違和感を覚えるわけです。

実際、大学のクラブ・サークルは「探検部」が一般的ですし、
インターネット百科事典「Wikipedia」で調べても、
「たんけん」は「探検」です。

しかし、
辞書で引くと、
「探検」「探険」が併記されているのがほとんどです。

固有名詞にしても、
漫画家の東海林さだおさんのエッセー集は『行くぞ!冷麺探険隊』(文春文庫)で「険」をつかっています。

また三島由紀夫は『豊饒の海』のなかで「探険」を使用しています。

さらに、古代漢字研究の第一人者で文化勲章も受章した白川静の字書三部作のなかの漢和辞典『字通』(平凡社)の「探」の項(1057ページ)には「探険」しかなく「危険を避けずにしらべる」とあります。
ただし「検」の項(442ページ)の語彙のなかに「探検」がありますから「危険」の有無が表記に関係しているようです。

…というわけで、
どちらでも良さそうですが、
僕は「探検」を使い続けるでしょう。
深い意味はないけど、
馴染みの問題ですね。

ちなみに
「波瀾万丈」も「波乱万丈」と書くのは誤りだとの説があって、
新聞では「波瀾万丈」を使いますが、
これもどちらでもいいみたい。
僕が小学生のときに使った古い辞書でも併記されています。

でも「波乱万丈」と紙面に載って、
「間違いだ」という指摘の電話などをいただいたことがあります。
「波乱」は誤用だと信じこんでいる校閲記者もいて、
往生したことがありますが、
詳しくは書きません。

職業病というか、
印刷物などの表記は気になります。

人名になると間違いは歴然ですので、
言い訳ができない。
…ということで、
「これは気をつけないといけない」という間違いやすい典型例があります。


たとえば、
「緒形拳」を「緒方拳」としてしまいそうになるのが一例で、
「萬屋錦之介」と「中村錦之助」がごっちゃになって、
「萬屋錦之助」とか「中村錦之介」としたり、
「世良公則」が「世良政則」になったり、
「中村美律子」が「中村美津子」と惜しかったり…。
ただ、この場合「美津子」が本名らしいので、
微妙ですね。

それから兄弟なのに、
「蘇峰」は「徳富」、
「蘆花」は「徳冨」…というややこしいケースもあります。
(ぱっと見て違いがわかりますか?)

個人的に苦手なのは自分の姓の俗字表記にこだわる人間です。
(ちなみに「冨」も俗字)
特に姓に多い「高」と「崎」の俗字。
このふたつの漢字の俗字は機種依存文字なので、
インターネットなどの場合、
ちゃんと表示されないことがあります。
新聞社のサイトの場合、
機種依存文字は使いませんから、
本来の文字を使います。

「高」の俗字はいわゆる「はしごだか」
「崎」は「大」が「立」という表記です。
「澤」は「沢」の旧字・本字ですけど、
それとは意味が違う。
俗字の場合は、
ちゃんと正しい字があって、
俗字の方はデザインの問題みたいなもんです。
その証拠に「高校」の校章は「はしごだか」が使われているケースが多いですよね。
NHK連続テレビ小説の『純情きらり』は愛知県岡崎市が舞台ですけど、
番組のなかに登場する味噌屋かなんかの店の方が着ている法被(?)の染められている「岡崎市」の「崎」は俗字でしょ。

僕の名前にも「崎」が入っているんですけど、
戸籍上では、
俗字のほうなんです。

でもね、
これは多分むかし役場の人間が、
本来の「崎」を、
俗字で手書きしたのが活字化されデジタルデータになったときにそのままになっただけでしょう。

その証拠に、
僕の親戚の墓の表記は昔から「崎」です。
どうも親戚内でも、
住んできた地域によって戸籍・住民票も、
「崎」と、その俗字が入り混じっているようです。

で、
何が面倒かというと、
戸籍が俗字だと、
ネット上の表記も「そちらで」とこだわる方がいます。
俗字を旧字・本字だと誤解しているバカ方もいらっしゃいますし。

それから銀行に行って、
書類の名前の欄に「崎」で書くと、
身分証明書にした運転免許証の表記と違うっていうんで、
訂正させられます。
面倒です。

こだわりたい方はいいですけど、
もう法律で俗字の場合は、
戸籍が俗字でも、
正字で問題なし!ってしてくれませんかね。

公文書に署名するときに「崎」って書くと、
警察や検察から因縁つけられて
虚偽記載で検挙されることはないと保証してほしいもんです。

だいたい先に引用した『字通』には、
崎の俗字なんて全く影も形もありませんもんね。

それに、
僕の名前は、
「崎」の画数でつけられているんです。
俗字だと画数が変わって縁起が悪い……
…ってこだわっているのは僕なのかな。

それにしても、
「探検」から始まったせいか、
密林で迷ったような文章になってしまいました。

おあとがよろしいようで。
チャカチャンリン♪チャンリン♪

2015-05-12

「一人」は悪か?


頭山満(とうやま・みつる)という方がいらっしゃいました。


以下すべて敬称略。

小林よしのり著『大東亜論 巨傑誕生編』(小学館)によると、
1908(明治41)年に「冒険世界」という雑誌が募集した「現代豪傑」の人気投票ではダントツの1位で、
戦前の日本では知らない者がいないほど、
国民的人気があったそうです。

生まれは1855(安政2)年で、亡くなったのが1944(昭和19)年。アジア主義の政治団体「玄洋社」の総帥でもありました。

心身統一法を広める「天風会」の創始者で、
京セラ創業者の稲盛和夫が師事したといわれる、
中村天風(1876-1968年)が、
玄洋社の頭山のもとに預けられていたことがあるということで、
名前を知っている方も多いようです。

きょう(12日)、保坂正康著『戦後の肖像 その栄光と挫折』(中公文庫)の「頭山満」の項を読みました。

この本で「まるで雲をつかむような人物像であった」と書かれているように、
伊藤博文をすら恐れさせたほどのエピソードもありながら、
その実像がよくわかりません。

先に引用した小林よしのりの『大東亜論 巨傑誕生編』も、
頭山に焦点を当てた漫画なのですが、
読んでも、その影響力の源泉は「雲をつかむような…」という形容が最も腑に落ちるというのが僕の感想です。

頭山の評伝では松本健一著『雲に立つ 頭山満の「場所」』(文藝春秋)がよく知られていて、
著者は「原像としての頭山満を描き終えて、今後はもう、右翼とは何かというテーマでものを書くことはないだろう、という気がしている」とまで書いていますが、
僕の読解力不足で、
この本を読んでも「雲をつかむような…」状態のままです。

とはいえ、もちろん虚像だったわけはなく、
これらの本を読めば、
実像としての存在感がさらに迫ってくる人物です。

また、どの本を読んでも、
生涯、無位無官で通し、カネに執着せず、私心がない人物だったということは明確です。

そして、
最も僕の心に残っているのは、
『雲に立つ』に書かれていた言葉です。

頭山が玄洋社の若者によく言っていたという
「一人でいて淋しくない人間になれ」
…というのが、その言葉。


この本が刊行されたのが1996年です。
僕は刊行されてすぐに買ったはずなので、
今から19年前に、
初めて読んで以来
「一人でいて…」という言葉が頭に刻まれて、
たぶん何百回ではおさまらないほどに反芻しています。

松本健一も解釈はしていますが、
それはさておき…。
「一人でいて淋しくない人間」とは、
どのような人間なのか、と折々に自問してきました。

この「一人」は、
欧米の「個」や「我」の概念とは違い、
東洋的な老荘思想や、
「我」を否定した仏教が輪廻転生について唯識論が説明した「主体」とも重なりにくい気がします。

つまり宗教的で大きなものに任せる受身的なものではなく、
能動的で明確な意志の“かたち”ではないか、
と考えているのです。

安楽や往生を求めない姿勢なのかもしれません。

ただ「淋しい」ということが、
苦しく辛いものであるのは確かなので、
「一人」でも「淋しくない」状態とは、
生き方のひとつの境地なのは間違いないようです。

最近、
一人で淋しいことを恐れ、嘆き、忌み嫌う空気が蔓延していて、
息苦しくないですか。

2015-05-08

「げん」の話


生きていると、

驚くことはよくあるもので…。
…といっても、
死んだら驚くことがないかどうかは、
死んだ経験はないので、
わからないのですが、
とりあえず、
「生きていると」と、
紋切り型でやってみる次第です。

きょう『桂米朝コレクションI 四季折々』(ちくま文庫)という本を読み始ました。

米朝師の落語を収めたシリーズ全8巻の第1巻でして、
『けんげしゃ茶屋』『正月丁稚』など11のネタで構成されています。

それぞれの噺の前に〈口上〉として、
米朝師の解説があります。

もうその、のっけから驚きました。

知っている方は知っているのでしょうか、
「げんが悪い」とか「げんをかつぐ」とかの「げん」。

ふだん、何も考えず使っておりまして…。
もちろん、

他の言葉はそんなに深く考えて使っているというわけでもないのですけれど…。

気弱な人間なもので「げん」は気にしていたのに、
「げん」という言葉は気にしてなかったという頼りない話です。

〈口上〉によれば、
「この『げん』という言葉も『ぎえん』――縁起をさかさまにした洒落(しゃれ)ことばです」。

驚くでしょ?

僕なんか、何にも考えず、意識せずに使ってました。


「えんぎ」のさかさまなら「ぎんえ」ではないでしょうか?…と人間国宝に聞くのは、もうそれこそ、げんの悪いことで、
何より、もう米朝師はこの世にはいらっしゃらないのですから、
聞きようもありません。

いずれにせよ、
縁起でもないことを忌み嫌って、
それに障(さわ)りのあるような言葉とからめるときは、
さかさまにして念を入れる、
言葉を大切にしていた証拠ですね。

「言霊(ことだま)」とはよく言ったものです。

日本は言霊の幸(さき)わう国ですね。

もちろん、
グローバリズムがどうのといわれる時代に英語が大切なことはよくわかりますけど、
まず、自分の言葉の「芯」になるものはしっかりとさせておきたいものです。

たぶん、そうでないと、どんなにたくさんの言語ができても、
何も語れないのかもしれません…というのも、
オチとしては今ひとつですね。