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| Tapestry |
JAZZの生のライブに行って感激したので、
会場で、
そのミュージシャンのCDを買います、
サインなんかをしてもらったうえ、
握手までしてもらって、
もう胸がいっぱいになって帰宅します。
そんなときはライブハウスでビールなんかも呑んでいるし、
夜も遅いので、
そのまま寝ます。
で、
翌日、仕事から帰ってきて、
「そういえば、きのうCDを買ったんだ」と思い出して、
プレーヤーにセットして再生すると、
「えっ」と思います。
まず「音が悪い」「生で聴いた細やかさが全然ない」…。
ちょっと、この録音ひどいんじゃないの!…とがっかり。
いくら最近、CDが売れないからって、
手を抜きすぎているんじゃないの、と非難めいた言葉もアタマをよぎります。
それで、このCDはもう聴かないかもな…なんて思ってラックにしまい込みます。
でも、
1カ月くらいして何かBGMがほしいなと思って、
CDラックを探していたら、
そのアルバムが目について、
まだ1回しか聴いてないから…っていう、
もったいないみたいな気持ちもあって、
またプレーヤーに差し込んでみます。
すると…。
思っていたほど録音はひどくないというか、
普通で、
ライブで聴いたときの感動がよみがえってきて、
そのあと愛聴盤になった…というようなことです。
僕が持っているようなオーディオ環境では、
ライブの音にかなうはずもないうえ、
やはりそこそこのオーディオ機器でも、
よほどのものでないと生音を忠実に再現できないんでしょうね。
ライブで聴いた直後なんかは、
そのときの音が聴覚だけじゃなく、
全身に残っているから、
余計にCDの音がまずく聴こえてしまう。
これは当然のことなんですけど、
生とCDの乖離の具合(度合いじゃないですよ)は、
アーチストによって様々なかたちで出るので、
最初はその現象が「法則」的なものだとはわからないんですよね。
これまでのことは忘れて、
「ひっどいCDやな」なんて思ってしまう。
で、
また聴くと徐々に生で聴いた感じに近づいてくる。
それを繰り返して、
最近は生音を聴いたあとのCDにはあんまり期待しないんですけど、
生音との乖離を感じる度合いの強さに比例して、
後々の愛聴度は高まることに気づきました。
僕にとって、
そんなケースの代表がトロンボニスト・村田陽一さんのアルバム『Tapestry』です。
多重録音とプログラミングを駆使されているので、生との乖離が大きく感じるのは当然なのかもしれませんが、
何度も聴くと目の前で生で聴いたときの音がよみがえってきます。
これは不思議です。
ライブではこれまで3度、いや4度かな…拝聴しまして、
まず受けた印象を言葉にすると、
「clever」です。
日本語の代表的な訳でいえば「賢い」っていうことで、
ちょっと間違うと嫌な意味にもとられかねないんですけど、
僕の場合、敬意と称賛を心からこめて「clever」と叫びたい。
音楽知性みたいなものの高さと、
アドリブの器用さが絶妙で、
演奏が細やか…。
自己満足に終始しているような部分を微塵も感じない。
それにしても、
ライブのあと、
そのアーチストのCDを会場で買ってサインをしてもらうっていう行為、
これは音楽ダウンロードサービスでは再現できない楽しみですね。

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