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2015-07-28

「安楽」を一夜の夢と割り切れば

小学生や中学生のときに、
「得意な科目は?」とか「好きな科目は?」って聞かれたら、
何て、答えてましたか?

僕は学校というものが嫌いだったので、
そこに含まれるものの中に好きなものなど、あるはずもなく、
また、好きでもないのに得意なものがあるはずもなく、
答えに困りました。

でも、高校に入ると、
「漢文」はけっこう面白いし、
試験も難しくないので、好きな“部類”だったのですが、
高校生になると、
「好きな科目は?」と聞かれることもなくなったので、
答える機会もなく今に至っています。

その漢文の授業のなかで「孔孟の教え」っていうのを習いました。
「儒教」の代名詞みたいなもので、
「孔孟」の「孔」は孔子、
「孟」は孟子のことを示しているということでした。

その孟子曰く「憂患に生き、安楽に死す」。

それについては、
前にも、このブログで書いたけど、
あらためて整理してみます。

守屋洋著『逆境を生き抜くためのすごい言葉一〇〇』(角川SSC文庫)によると、
「心配や悩みがあるからこそ生き残ることができる。安楽にひたっていたのでは破滅を免れない」ということだそうです。

僕は最近まで、この言葉が理解できませんでした。

2015-06-12

憂患と安楽

中国・戦国時代(紀元前403~同221年)の儒学者、孟子の言葉に、
「憂患に生き、安楽に死す」というのがあります。

守屋洋著『中国古典 逆境を生き抜くためのすごい言葉一〇〇』(角川SSC選書)によると、
「心配や悩みがあるからこそ生き残ることができる。安楽にひたっていたのでは破滅を免れない」ということだそうです。

最初に読んだとき「逆と違うのん?」と思いました。
心配や悩みは身心にも悪いと聞いていたし、
「新約聖書」にも「思い煩うな」と書いてあります。

でも、
考えが変わってきました。
30歳前後から身心の不調に悩んで、
まさに憂患の日々を送ってきました。
でも、
45歳くらいから、
いろんな事がが好転して楽しく生きられるようになったのだけど、
この安楽を守ることを考えるようになってきた気がしています。

50を越えれば、
体力も落ちるし、
それはそれで仕方ないのかも、
とも思うのですが、
このままだと生き残るための「勘」が鈍ってしまいそうな気にもなってきたんです。

取り越し苦労の必要はないでしょうけど、
問題の大小を正確に判断して、
正しく心配する、正しく悩むことは必要に違いありません。

つまり今、現実にある「危機」を正確に把握して、
対応を自分なりに考え実行することが大切なのは言うまでもない。

他人任せの安楽は破滅への道なんでしょうね。

なんだか説教臭いですね。

自分に説教しているのですから、
それも当然だということで!