2015-07-06

「母性愛」は「女」だけのものか。


「あんたのブログは長い」と言われました。

形容詞っていうのは難しくて、
前後の脈絡、事情によって、
賛美にもなるし、
非難にもなりますよね。

たとえば「はやい」もそうです。
「仕事がはやい」というのは当然、褒め言葉ですけど、
状況によっては「はやっ!」といわれると、
「もう?」みたいな感じで、
かなり嫌味めいたことになりますよね。

長い、大きい、小さいも然り。

「もみじみたいね、小さくてかわいいね」というのは褒め言葉になるけど、

「小さくてかわいい」は侮辱になることはありますもんね。

僕が言われた「長い」っていうのは、
明らかに批判及び指導だと思うので、
きょうは短くいきたいと思います。
もちろん、
この場合の「短い」は前向きに考えてくださいね。

元毎日新聞記者で、
フリージャーナリストの佐々木俊尚さんが、
twitterで、
<「母性愛」とは本能ではなく、子どもとの触れ合いの中で育まれる愛情であり、これを「本能」とするのは、父権社会のイデオロギーであり、近代が生み出した神話に過ぎないと。/読むフェミニズム『母性という神話』 http://bit.ly/1NGlz02 >
…とツイートされていました。
このリンクの先は、
『母性という神話』 (ちくま学芸文庫)という本を評したブログです。

このツイートが佐々木さんのどのような意思・意向を示すものなのか、
それは僕には明確にはわからないので、
そこの部分には触れません。

<「母性愛」とは本能ではなく、子どもとの触れ合いの中で育まれる愛情であり、これを「本能」とするのは、父権社会のイデオロギーであり、近代が生み出した神話に過ぎない>という、
この本の趣旨めいたことについて、
僕が感じたことだけを述べます。

この短い文章から解釈すると、「父権社会」という言葉が出ているということから類推して、
「母性愛」とは、女性が本来、持っている本能ではなく、
イデオロギーが生み出した神話だと主張していると解釈できます。

ものすごく、ぶっちゃけた感じでいうと、
男が女に押し付けた「神話」だと言っているように感じます。

でも、
そこには「母性愛」の主体は「女」ということが前提になっていると僕は解釈してしまうのですが、
果たして、そうなんでしょうか?

僕は「男」にも「母性愛」はあると思うんです。

それは、
この本の著者(エリザベート・バダンテール)が、
想定する「母性愛」とは違うもので、
父権社会のイデオロギーが生み出したものが「母性愛」だという意見もあるでしょう。

「男」に「母性愛」があるとしたら、
父権社会のイデオロギーとは、
重なりにくいものになってしまいますもんね。

きょうは「短い」ということが大切なので、
詳しいことは後日にしますけど、
僕は本能として「男」にも「母性愛」があるような気がします。

この本に書かれてあるだろうことを類推すると、
それは検証外みたいだし、概念の中味が違うと言われるのだろうけど、
僕が「母性愛」という言葉に持つ感覚は「イデオロギー」とは違うものです。

他の動物はしらないけれど、
少なくとも人間の「男」にはかなりの割合で、
先天的に「母性愛」は備わっている気がするのだけど、
いかがですか。

あんまり短くなかったですね。

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