「高橋和巳(たかはし・かずみ)」と耳にしても、
30代より下の年代でピンとくる方はほとんどいないかも。
ジャイアンツの投手だったヒトじゃないですよ。
あれは、
「高橋一三」
小説家で中国文学者で京都大学の助教授もつとめました。
1971年、癌(がん)で亡くなりました。
享年39ですから、早逝といってもいいと思います。
小説『日本の悪霊』は黒木和雄監督で映画化もされました。
全共闘世代…いわゆる団塊の世代の支持を得た人物で、
僕が同志社に通っていた1980年代前半でも、
それなりに読まれていたという印象があります。
ただ、
毎日、ヘルメットをかぶった学生がキャンパス内でデモをしていたような“ガラパゴス”環境だったので、
世間一般の大学の事情とは違うかもしれません。
『高橋和巳エッセイ集「孤立無援の思想」』(旺文社文庫)に、
「思うに内臓の一部分、たとえば心臓がむやみに気にかかるという状態は、その人の心臓が病んでいることを意味するように、わたしたちにとって、政治のことが気懸りなのは、人間が人間の生活を律する自律的道徳から経済的調整にいたる幅の大きな部分に激しく病んでいる部分があることを意味する」
…という一節があります。
そして…
「しかし、もし幸運にも病苦を忘れうるなら、私は必ずしもその忘却や無関心を非難はしない」
…と続きます。
1963年に書かれています。
この文章に出てくる「政治」は、
別の言葉に言い換えられるでしょう。
たとえば、「政治」と不可分ですけどれど、
「国際関係」ですね。
もっと具体的な例では「福島第一原発事故」もそうでしょう。
ただ、高橋和巳はここでは、
「政治」に限定しています。
そのうえで、
「最大多数の最大幸福を意志する政治」は、
「百万人が前に向って歩きはじめているとき」に、
顔を覆って泣いて、その“行進”に参加しない脱落者を見捨てるが、
「文学者」は、
百万人の隊列の後尾で、
(理由はなんであるにせよ)「うずくまって泣く者のためにもあえて立ちどまるものなのである」と断言しています。
本来の高橋和巳の意図は別して、
僕にとって、
この文章の示唆するものは、
おおまかに2つあります。
「政治」の問題を解決するのは、
緊急避難的な弥縫策である場合が多く、
問題が解決したと見えても、
副作用があったり、
新たな火種を生んだりして、
人間の根源的問題は残るということ。
そして、
もうひとつは、
本当に病んでいる部分があるのに、
別のことに気を取られたり、
痛みが現実になっていなかったりするため、
忘却や無関心が起こるということ。
この2つを「文学者」ではない僕が、
自分なりに総合すると、
「政治」で改善できるのは弥縫策が奏効する問題がほとんどなので、
「政治」に依存せず、
「個人」が自律的に解決していくことが大切だけど、
今、自分に痛みがないからといって、
「政治」が解決できる問題に無関心であったり、
忘れてしまったりしてはいけないということ。
そして自分の身体を気遣うように、
「人間の生活を律する自律的道徳から経済的調整にいたる幅の大きな部分に激しく病んでいる部分」を意識することが大切なんでしょうね。
ちなみに、
床屋談義が盛り上がることを、
政治への関心の高まりと誤解してはいけないような気がしています。
先の「大阪都構想」の住民投票への議論は、
床屋談義の盛り上がりにすぎなかったかも。
「変化するか、しないか」ではなく、
「どのように変化するか」かが問われたのに、
投票が終わってみれば、
みんなが傍観者になっているような気がして…。
痛みのない変化はない。
「病」からの回復には痛みはつきものなんだと思います。