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2015-07-01

クジラと「お天道様」と情報と土俵

「紀伊民報」の電子版「AGARA」によると、
「札幌市出身で、米ニューヨーク在住のドキュメンタリー映画監督、佐々木芽生さん(53)が、クジラをめぐる世界の論争をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作している」。

古式捕鯨発祥の地といわれる和歌山県太地町が主な舞台で、佐々木さんは29日(2015年6月)に和歌山・新宮市で記者会見しました。

映画をつくるきっかけになったのは、イルカ漁を批判的に描いたアメリカのドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が、2010年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞したこと。

「血に染まる真っ赤な海のシーンは世界中に衝撃を与えた。それで太地が世界から注目され、欧米の環境保護や動物愛護団体から攻撃されるようになった。それは一方的。日本の意見をきちんと発信しなければまずいと感じた」そうです。

佐々木さんが強調するのは情報発信の重要さです。

2015-06-30

「帰還」からの出発

和歌山電鐵の三毛猫「ウルトラ駅長」の「たま」が亡くなったことと和歌山つながりで関係あるのかないのか…。

ふと昨年1月に91歳で亡くなった小野田寛郎さんのことが頭に浮かびました。

和歌山生まれで、敗戦から後の29年間も、戦いを続けたて、フィリピン・ルバング島から日本に帰還した人物です。

帰国は1974(昭和49)年でした。

おいくつのときだったのか、と思ってしらべたら、
誕生日(3月19日)の1週間前の3月12日に羽田空港に降り立っておられます。
51歳のとき…52歳になる直前ですから、
ほぼ今の僕と同じ年齢です。

そのとき、僕は小学5年ですから、
当時の自分の年齢の3倍近い期間、
ジャングルに潜伏して戦闘を続けていたというのは、
ドラマでもないようなことだと驚きましたし、
今でも、その感覚は変わらないのですが、
当時の印象を思い浮かべても、
小野田さんが51歳だったとは思えません。

2015-06-16

「住み良い都市」は「良い都市」か

日本経済新聞(電子版)=2015年6月13日=によると、

“英総合月刊誌「モノクル」は2015年の「世界の住み良い都市ランキング」で東京が1位になったと発表した。昨年の2位から順位を上げた。巨大都市にもかかわらず平和で静かな環境を実現している点が高く評価された。福岡が12位、京都が14位と日本の他の都市も上位に入った”。

海外には観光や仕事でしか行ったことがないので、
外国のことはよくわかりません。
でも、
東京が1位なのもよくわかりません。
円安の影響はあるでしょうけど…。

僕は1年足らずの短い期間でしたけど、
東京には住みました。
その他でいうと、
和歌山で生まれて高校卒業まで暮らし、
そのあとは大学時代は京都で4年、
就職して初任地の神戸で4年、
そのあとは東京勤務時代を除いて大阪です。

このなかで一番住みにくかったのが東京でした。

比較の問題なので、
東京がダメというんじゃないです。

部屋を借りたのは谷中(やなか)で、
東京メトロ千代田線を使えば最寄りの千駄木駅から大手町までは10分ほど。
「谷根千(やねせん)」といわれる昔の風情を残した地域です。
「谷根千」というのは、寺町の谷中、下町の根津、武家町の千駄木の総称で、台東区と文京区と荒川区が重なっています。

商店街(谷中ぎんざ)もあって買い物も便利だし、
部屋から、
千駄木駅まで徒歩5分弱、
JR日暮里駅にも10分かからない。
近所には歩いて3分から10分圏内に銭湯が3軒もあったし、
快適ではありました。

でも先にも書いたように比較の問題にすると、
関西より住みやすいとは感じませんでした。

具体的にいうと、
気軽に京都に行けないとか、
「大衆的」に見える飲み屋の勘定が関西に比べて高いとか、
昼ごはんを食べに行くと定食が、
ご飯とメーンのお皿と味噌汁だけというところがけっこうあって、
値段も関西より100円から300円高い印象でした。
それから、
全国的にみると、
地方の県の県庁所在地で一番乗降客が多い駅よりも、
賑やかな駅がいっぱいあって、
人が多い。
アメ横なんて、いつも大晦日か!って思いました。

ケチをつけるとすればそれくらいで、
情報は集めやすいし、
展覧会や文化イベントは多いし、
見るべき施設も多く、
さすが日本の「首都」って感じです。
何よりも、
あれだけヒトが生活しているのに、
大阪に比べると不法駐輪がものすごく少ない(…これは感心しました)。

そういう意味で、
東京が優れた都市だというのは認めざるを得ません。

ただ、僕には暮らしにくかった。
俗に言う「水が合わない」という感覚ですね。

東京勤務期間中は、
関西に帰ってくると、
心底ホッとしました。

東京の人混みに比べると、
大阪の地下街なんて人通りが少ないくらいに感じて、
それまで少々鬱陶しいと感じていた混雑も苦にならなくなりましたしね。
正直に言うと、
大阪の方が人が少ないことが口惜しいくらいでした。

で、そんな東京で生活していたある日、
新幹線でJR新大阪駅に着いてから、
大阪駅まで、ひと駅在来線で乗り継いで梅田の地下街に着いて気づいたことがありました。
電車のなかでも、
なんだか東京と様子が違うなぁとは感じていたんですが、
その理由がわかったんです。
東京より人の数は少ないのに、
大阪のほうがやかましい。
ひとりひとりの声が大きいうえに、
会話している割合が多いからでしょう。

もしかしたら、
東京に「水が合わない」のはこんな雰囲気に慣れてしまったせいかも、と思いました。

反対にいうと、
首都圏で長く暮らした方は、
大阪のこんな空気には「水が合わない」かもしれませんね。

ただ東京が住み良い都市で世界一になったという記事に話題を戻すと、
僕はそれが必ずしもいいことだとは思えません。

暮らしやすさにつながる日本人の礼儀正しさや大人しさを利用しようとする人間もいるからです。
僕は実際に、
ある外国人から「日本人は自分の母国の人間に比べたらチョロいと考えている知り合いは少なくない。だから日本の方が商売がしやすいみたい」と聞いたことがあります。
さらに「ただ大阪だけはちょっと事情が違うけど…」とも。

この言葉が耳に残っているので、
都市はワイルドな部分が残っているほうが良いと考えています。

「巨大都市にもかかわらず平和で静かな環境を実現している点が高く評価された」というのは、
眼に見えにくいところで、
外部の人間によって深い闇のような空間が作られやすいということだからです。

2015-05-23

「やる気」は必要か

「鼻炎のため当分の間お休みを頂きます」とのことです。

誰が休んでるかというと、
が和歌山電鐵貴志川線貴志駅(紀の川市)の「たま駅長」です。

そっけなく言ってしまえば、
メスの三毛ネコですけど、
説明はいらないですね。

僕の故郷・和歌山県を代表する“顔”のひとつです。

同じ和歌山の顔、白浜のパンダたちは、たま駅長に少し水をあけられているような気がするのは僕だけでしょうか?。

1999年4月29日生まれだそうですから、
満16歳です。
人間の年齢でいうと、80歳ということで、
今年の誕生日には桃の木を貴志川駅に記念植樹したそうです。

…といっても、たま駅長が自分の手で植えたわけでなく、
周囲の人間の手を借りたそうですが…。
ネコの手で植樹は難しいでしょうからね。
まぁ企画した関係者はネコの手じゃなく、
ネームバリューを借りたというわけです。

貴志川線和歌山駅のあるJR和歌山駅9番線に通じる地下道には、
貴志川線への動線を示す、
「たま駅長の足あと」がペタペタとペインティングされています。

実物大だとよくわからないせいか、
ネコにしては、かなりでかいんです。何年か前に初めて見たときから1年くらい、
パンダの足あとだと勘違いしてましたもん。
一応、和歌山といえば、
パンダも看板ですからね…7頭もいるし…。

もし、僕と同じように勘違いされている方がいらっしゃったら、
頭の中で情報を修正してください。
ネコの足あとです。

きのうJR和歌山駅に行ったので、
貴志川線のホームへ行ったら「いちご電車」が停まってました。

和歌山電鐵にはいろんなものをテーマにした車両があって、

「いちご電車」は貴志駅周辺の特産品のイチゴをモチーフにしてて、
車内のシートはイチゴ柄、

のどかな感じの木製のイスやテーブルも配置されています。


そのほかに電車内のガチャガチャマシーンでおもちゃを販売する「おもちゃ電車」。
それから「たま電車」もありますが、
これは説明不要ですね。

たまグッズもいろいろあって、
サクマ製菓とコラボした「たまドロップ」を買ってしまいました。

家に持ってかえったけど、
雷蔵くん(ネコ、サバトラ、♂、2歳)も、
あんまり喜ばないし、

球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳)なんかは迷惑そうですもん。
なんかもう「節子に申し訳ない」という気持ちです。(わかる方だけわかってください)


廃線寸前だった14.3キロ(14駅)のローカル線が、
「たま駅長」のおかげもあって、
存続しているわけですね。
役に立たないのがネコの本分みたいなところもありますけど、
やるときはやるんですね。

そういえば、
「招きネコ」もいろんなところで貢献してますもんね。

ネコたち自身にやる気があるかどうかは別にして、
やる気を出して空回りして、
自己満足止まりよりは、、
やる気がなくても結果を出してるほうがエラいですよね。

ハンス・フォン・ゼークト(1866-1936年)が言うところの「無能な働き者は害悪」ってことにも通じるのかもしれません。

物事を達成するのに必須なのは、
やる気じゃないってことなんでしょうね。

やる気を見せるのは失敗した場合への事前の言い訳とか、
プロジェクトとか組織のリーダーが、やる気を見せる部下を重用するってことだけかも。