明治時代にできた落語だそうで、
「移動動物園」の呼びもののひとつだったトラが死んでしまった。
これでは客の入りに影響が出るので、
死して皮を残すという言葉の通り、
残ったトラの皮を人間が着ぐるみのようにして、
中に入り、檻のなかで見せ物になるという噺です。
いくらなんでも、あのトラの皮を着ぐるみにやなんて、
そんなことができるわけがない。
でもまぁ落語のことなんで…と深くは考えていなかったのです。
ところが、
『上方落語 桂米朝コレクション7 芸道百般』(ちくま文庫)の「軽業」の速記の項で、米朝師が書いた〈口上〉によりますと…
この噺のセリフのなかに出てくる「早竹虎吉」という名前について、
「実在の人物で、虎の皮をかぶって直立させた竹から竹へと飛び移る妙技を見せた明治の軽業師です」とあるではありませんか!
へぇ~かぶれるもんなんやぁ!と驚きまして、
さっそく「早竹虎吉」でググったんです。
そしたら、
僕はこの方を全く存じ上げなかったなかったんですけど、
ウィキペディアにも、ちゃんと項目がありますし、
国立歴史民俗博物館のサイトにも出ています。
錦絵にも残っていて、
なかなか有名な方だったようです。
アメリカ各地でも興行をしたというんですから、
かなりの人気だったようです。
しかし…。
いくら探しても「虎の皮」ことが出てこない。
ちなみに米朝師は「明治の軽業師」と書いていらっしゃいますけど、
早竹虎吉はどの記録を見ても、
慶応4年1月15日(1868年2月8日)に渡米中に客死したそうですから、
ギリギリで慶応4年9月8日(1868年10月23日) の明治改元より前になくなっています。
つまり「明治の軽業師」ではありません。
米朝師のミスでしょうか…。
いやいや、もちろんそんなことはないようで、
ウィキペディアでは、北川央著『おおさか図像学: 近世の庶民生活』を出典として「明治7年(1874年)に実弟が二代目早竹虎吉を襲名した」とありますから、
虎の皮をかぶったのは、
この二代目だったようです。
なんとかして、
その写真なり絵なりを見たいものです。
もしかしたら、
映像が残っている可能性もあります。
誰か何かご存じの方がいらっしゃったら教えてください。
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