2015-07-16

政治の「需要」と「独創」

「大衆の知恵は、決して創意などは持っていないのである」
…というのは本田技研工業を設立した本田宗一郎さん(1906~91年)の言葉で、
本田さんの著書『やりたいことをやれ』(PHP研究所)に記されています。

つまり、市場調査っていうのは有効だけど、
それは既成製品の評判を探る場合のことで、
独創的な新製品をつくるヒントにはならない。
なぜなら大衆が絶賛するのは大衆が気づかなかった新しい楽しみを提供するものだからだ、というわけです。

本田さんの「独創」への厳しい姿勢がうかがわれる言葉です。

でも、
大衆の気づかない「新しい楽しみ」は何をもとにして、
産み出せばいいのでしょうか?

途方にくれます。

一方、同書のなかにはこんな言葉もあります。

「安易な模倣に走り、独自の創意を放棄するような考え方が生まれた瞬間から、企業は転落と崩壊の道をたどり始めるだろう」

これは「独創」へのヒントになりそうです。
つまり、安易な模倣をしないことが「新しい楽しみ」を創造する条件といえるのかも。

需要は自分で作り出すものだということですね。

ところで、
需要がないのに、のさばっているものってありますよね。
とりあえず昔からあったし、
慣習なので、
とりあえず置いておくみたいな感じで、
ちょっと変かなと思っても、
一応、法律の後ろ盾もあったりするし、
なくすと周辺にいる人間の商売にも影響するので、
存在するというものです。

本日(2015年7月16日)、衆院で「安保関連法案」が可決する様子をラジオ放送で聴きました。

選挙制度や政治家、国会はそれぞれの国の健全さの目安で、
民主主義には欠かせないものですが、
「需要」はあるものなでしょうか。

「商品」ではないので、
「需要」の有無で考えるのは間違っているんでしょうけどね。

別の角度で見てみれば、
「国会議員」という肩書きには「需要」はあるのは確実です。
国会議員の資格がないようなことをしでかしても、
恥も外聞もなく居座るケースがあるくらいですから。

つまり金儲けの方法としての「議員」という選択はあるということ。

…ということは、まぁ有権者が国会の「需要」の有無について考えても絶対に不謹慎とはいえなさそうですので、
言ってしまうと…。

昔は知らないし、
その「昔」がいつのことかもわかりませんが、
少なくとも今の国会には独創性がなく、
有権者の「需要」に応える働きをしているとは思えません。
野党も、与党も、です。

ただ本田さんが言うように、
決して創意など持っていない大衆が選んだ議員なんですから、
仕方ないのかもしれません。

政治とは違う力学で「社会」を変える独創的な方法が必要になってきているのでしょう。

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