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2018-01-03

祈り慎み思いきれ!

あけまして おめでとうございます。
初詣は大阪天満宮へ行って
おみくじを引くのが恒例になっています。
昨年は「大吉」。
一昨年は「末吉」。
その前は4年連続で「凶」というレアな体験をしました。

今年も引きました。
大阪天満宮のおみくじは
箱の中からゴルフボールよりふたまわりほど小さい木製のボールをつかみ出して、
巫女さんから、
その番号に該当する、おみくじをいただく方式です。

200円です。

今年は金色の文字の特製「大吉」が登場していました。
もうインスタ映え狙いが見え見えの趣向ですが、
僕も狙いましたよ、当然。

気合を入れて、
まず引いたのが「15」。
巫女さんがゆるく二つ折りにして
申し訳なさそうに渡してくれたので悪い予感…。

で、恐る恐る開くと……。

予感・的中……。
「凶」でした。
【ただ祈るべし】って…。

4年連続「凶」という記録を持っていますから、
「ドンマイドンマイ」と鷹揚に………。
……というわけにはいきません。
凶4連覇達成(?)当時はサラリーマンでしたが、
今はちょっと事情が違います。
気持ちの余裕?

ないです。

きっぱりと言いきれます。
「ない!!!!!」
縁起の悪いのは持ってのほか。

で、考えました。
「なかったことにしよう」

あったとしてもリハーサル、ウォーミングアップや。

2015-08-20

能町みね子さんという発見とリスク

ニュース記事の見出しだけを読んで、
適当に内容を判断して中身を誤解していたということはありませんか。

実は、これまでそういうことはほとんどなかったのだけど、
とうとうやってしまいました。

能町みね子さんってご存じですか。
新聞報道によると36歳だそうで、
エッセイストとしてTVなんかにも出演なさっています。
その能町さんが、
今月4日に放送放送されたTV番組「今夜くらべてみました」(日本テレビ系)で、ご自身がが「オネエタレント」のひとりとして紹介されたことに抗議した…というニュースを以前、ネットでチラッとみていたんです。

僕は能町さんが女性なのに、いわゆる「おかま」とか「ニューハーフ」などとも呼ばれる男性に間違えられたという“笑い話”だと考えていたんです。

2015-08-11

本日、休みます。

あんまりなことがあって、
脱力状態なので、
きょうはブログを休みます、と書いて、
姑息に連続更新をします。

しかし、生きていると、
こういうこともあるんですね。

2015-08-05

官僚は「豪放磊落」で「気さく」なんです

最近はどうだか、よく知らないけど、
新聞なんかで官僚なんかが昇進したときに、
その人柄を紹介する記事で、
「官僚のイメージとはかけ離れた豪放磊落な雰囲気」とか、
「これまでの経歴とは重ならない気さくな語り口」とかいった表現があったように記憶しています。
もしかしたら、
本当はないのかもしれませんけど、
僕の記憶にはあります。

なぜなら読みながら、
「よくもこんな原稿が活字になったなぁ」と思った覚えがあるからです。

2015-07-23

「影武者」がいらない日本

スマホからyoutubeへの動画のアップロードも簡単にできるし、
今、ビデオって、とても身近なものになりましたよね。

ちょっと強引なんですが、
ビデオと言えば、
黒澤明監督の『影武者』です。
「落ち武者」じゃないですよ(NHK連続テレビ小説「あまちゃん」を観てたヒトだけ少しニヤッとしてください)。

何の話かというと、
もともと主役は勝新太郎だったのに、
勝さんが自分の演技を撮影するためということで、
ビデオカメラを持ち込んだら、
世界のクロサワが激怒して、
主役が仲代達矢に変わってしまったというエピソードです。

今から考えると、
勝さんのビデオ撮影が許されていたら、
ものすごく貴重な映像資料になっていたはずなんですよね。

それに降板もなくて、
勝版『影武者』も完成していたわけですし…。

2015-07-22

「ジャズでなくJAZZを」關基久さんを偲ぶ

キーボード、ベース、サックス、トロンボーン…。出棺はJAZZで
JR西宮駅を出て梅雨が戻ってきたような蒸し暑さのなかを傘をさして、葬儀が行われる西宮山手会館へ向かっているのに、
大阪・梅田のジャズクラブ「ロイヤルホース」に向かっているような錯覚におちいりました。

オーナーの關基久(せき・もとひさ)さんが「いらっしゃい。雨のなかスンマセ~ン」と笑顔で迎えてくれるような気になったからです。

しかし、葬儀場に着いて遺影を見て現実に戻されました。

「やっぱり本当やったんや…」

訃報に呆然したのがきのう(7月21日)の早朝。出勤前でした。

亡くなったのが20日で、
翌21日が通夜、22日が葬儀とのことでした。

17日にベトナム旅行から帰国されてから、
体調を崩していたのに仕事をされていて、
心不全で亡くなったそうなんです。
亡くなる前日朝までFacebookで、
9月7日に開くライブの告知をされていたんです。

歌手のCHAKAさんも友人代表のひとりとして、
お別れのあいさつをされました。
「關さんに迷惑をかけないように頑張ってきたけど、
もっと甘えればよかった」という言葉が印象に残りました。

2015-07-21

池上彰的になものには用心…。

物事をわかりやすく説明するということが重視され、評価されています。
ただ、積分について、
円の面積や、三角錐の体積の求め方で、
説明されてわかったような気になっても、
全く応用できないうえ、
実はわかっていないのは明白です。
そして、わかる、わからない以前の問題で、
その説明が厳密には正しくない蓋然性も高いといえます。
でも、わかりやすく伝えていると評価されている例のなかには、
同様の例があって、
わかりやすいだけで、
本当は説明になっていないこともあるような気がしています。
わかりやすい単純なものには、
そんな危険もあることを肝に命じたいです。
やはり、難しいものは難しいです。
もちろん、
簡単なことを難しく説明するのは、
もってのほかですが…。

NHK出身のジャーナリスト・池上彰さんの人気は衰えません。
世の中のことをわかりやすく伝えるということの大切さが裏付けられています。

確かに、
世界の情勢を伝える新聞やテレビのニュース記事が、
毎度、基本的なことから説明して報道していたのでは、
本題の「ニュース」にたどりつくまでに、
多くのヒトが別の記事に目移りしたり、
チャンネルを変えたりするでしょうから、
まず、基本の知識を知っておくということはとても大切です。

でも積分について、

2015-07-18

借り物の「物語」に踊らせていないだろうか

「あっ、これだったのか」と今ごろになって見つけました。

作家の村上春樹さんが、
中国、韓国に対する歴史認識の問題で、
<相手国が「すっきりしたわけじゃないけれど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう」と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから>…と発言したということで、物議をかもしたインタビューの全体を初めて読みました。

47都道府県52新聞社のニュースと共同通信の内外ニュースを束ねた総合サイト「47NEWS」で公開されてまして、
聞き手は共同通信編集委員なので、共同通信の配信ですね。
日付けは2015年4月27日でした。

(上)(中)(下)の3部構成で、
「謝るしかない」に関係するところは全体のなかではほんの一部で、
全体のテーマの「村上春樹さん、時代と歴史と物語を語る」では付け足しのような印象を受けました。

僕が一番、関心を持って読んだのは、

2015-07-16

政治の「需要」と「独創」

「大衆の知恵は、決して創意などは持っていないのである」
…というのは本田技研工業を設立した本田宗一郎さん(1906~91年)の言葉で、
本田さんの著書『やりたいことをやれ』(PHP研究所)に記されています。

つまり、市場調査っていうのは有効だけど、
それは既成製品の評判を探る場合のことで、
独創的な新製品をつくるヒントにはならない。
なぜなら大衆が絶賛するのは大衆が気づかなかった新しい楽しみを提供するものだからだ、というわけです。

本田さんの「独創」への厳しい姿勢がうかがわれる言葉です。

でも、
大衆の気づかない「新しい楽しみ」は何をもとにして、
産み出せばいいのでしょうか?

途方にくれます。

一方、同書のなかにはこんな言葉もあります。

「安易な模倣に走り、独自の創意を放棄するような考え方が生まれた瞬間から、企業は転落と崩壊の道をたどり始めるだろう」

これは「独創」へのヒントになりそうです。
つまり、安易な模倣をしないことが「新しい楽しみ」を創造する条件といえるのかも。

需要は自分で作り出すものだということですね。

ところで、
需要がないのに、のさばっているものってありますよね。

2015-07-14

テレビを面白く見る方法

スポーツ中継はみんなで見るのに最適ですね

すみません。
いまだに「テレビのチャンネルをまわす」と言ってしまう世代です。

僕の家にカラーテレビが来たのは小学2、3年のころでしたでしょうか。
大阪万博のころだったと思います。
もしかしたら、
もうちょっと早かったかもしれません。
まだ、カラーの番組には「カラー」という白抜きの文字が入っていたころで、
確か新聞の番組欄にもカラー番組を示すマークがあったと思います。
だからカラーテレビを買ってモノクロ番組も多くて、
記憶が定かじゃないんです。

それはさておき、
「最近のテレビはおもしろくない」という声をよく聞きます。
「ひな壇に芸人が座ったバラエティ番組ばっかり」とか、
「昔の焼き直しばかり」とか、
「アイデアに冒険がない」とか…。

もうとりあえず「テレビは面白くない」ってことで、
という感じで、
もうすぐ、「面白くない」の代名詞が「テレビ」とか「TV」になるんじゃないか、と思うくらいです。

大阪では「おもろない」と言われるのが最大の侮辱といわれてますけどね、
これからは「お前、テレビやなぁ」と言われると、
豆腐の角でアタマを打って死にたくなる大阪人が続出かもしれません。
女子に「このTVがっ!」とか舌打ちされて泣く男子もいるかもです。

しかし、本当にテレビが面白くなくなったんでしょうか。

2015-07-13

本当は聞こえていない声に踊らされるな

「engadget日本版」(2015年07月11日)によると、
「かつて人気を博した特撮人形劇『サンダーバード』の新作を、当時そのままの手法で制作するプロジェクトが立ち上がりました。プロジェクトではすでに全3話分の音声素材を用意しており、現在はクラウドファンディングサービス Kickstarterで映像制作のための出資を募集しています」とのことです。


「サンダーバード」と全く無縁だったという1960年代前半生まれ世代の日本の男っているんでしょうか?

僕はその世代なんですけど、
いたとしたら、天然記念物レベルの希少さで保護しないといけないんじゃないか、と思うほどです、大げさではなく。

そして「サンダーバード」と言えば…。

2015-07-10

モチベーションの宇宙

「トロンボーン主義」なんて銘打ちながら、
ほとんど、この楽器に関係することなんて書いていません。

理由は簡単です。
最近、全然、練習していないからです。

何と今月に入って一度も吹いていません。
ケースから出して、拭(ふ)いてもいません(こういうのもオヤジギャグなんでしょうね)。

なぜか…?

まず、先週から下唇の裏側のちょうど真ん中に口内炎ができて、
吹けるような状態ではなかった…。
…とはいえ、もう治っているから、
代休だった、きのう(2015年7月9日木曜日)には練習できたはず。

でも吹かなかった。

何でだろう。

自問してみます。

考えてみます。

結論は……。

2015-07-08

「ねこ新聞」が変わった


写真で見ても、
よくわからないと思うのですが、
最新号(7月号)から月刊「ねこ新聞」の紙質が変わりました。
これまでの典型的なアート紙から、
照りを省いて、
ツルッと…から、サラッと…に触感も変わりました。
とはいえ、
安っぽくなったわけではなく、
光の反射が少なくなった分、
読みやすくなったうえ、
高級感が増した気がします。

2015-07-07

「毒」の功罪

「弱肉強食」という言葉があります。

最近、否定気味に語られることが多いですけどね。

たとえば、
「強いものが生き残るんじゃない。環境の変化に適応できたものが生き残るんだ」とかです。

強いはずのトラは強いが故に繁殖数がそれほど多くないけれど、それだけに毛皮に希少価値があるので、
密猟などで絶滅の危機になるということも、
「弱肉強食」を否定的にみる材料としてよく引き合いに出されます。

でも、
人間が丸腰で、
トラと対決したら、
かなりの確率で負けることは想像できますよね。

やはり1対1で勝負すると、
「弱肉強食」は真理の色合いを強めます。

とはいえ、
食べたら不味いものは、
見逃してもらえそうなんで、
生き残るために、
非力な生き物は自分を不味くするという戦術が考えられます。

2015-07-06

「母性愛」は「女」だけのものか。


「あんたのブログは長い」と言われました。

形容詞っていうのは難しくて、
前後の脈絡、事情によって、
賛美にもなるし、
非難にもなりますよね。

たとえば「はやい」もそうです。
「仕事がはやい」というのは当然、褒め言葉ですけど、
状況によっては「はやっ!」といわれると、
「もう?」みたいな感じで、
かなり嫌味めいたことになりますよね。

長い、大きい、小さいも然り。

「もみじみたいね、小さくてかわいいね」というのは褒め言葉になるけど、

「小さくてかわいい」は侮辱になることはありますもんね。

僕が言われた「長い」っていうのは、
明らかに批判及び指導だと思うので、
きょうは短くいきたいと思います。

2015-07-05

安全に生き抜くための13カ条

このブログの趣旨は、
「生きる名人」になりたいということで、
いつ死んでもいいように、いかに機嫌よく暮らしていくか、を考え、実践する…なんです。

でも、あんまり、そのテーマに沿ったことができていません。

そこで、今回は、
とりあえず「安全に生き抜くための13カ条」っていうのをひねりだしてみました。

2015-07-04

言いたかったけど、言えなかったこと

同志社大学今出川キャンパスのクラーク記念館(重要文化財)=京都市上京区
たとえば、
電車のなかで、
誰かと誰かがしゃべっているのが耳に入ってくる。

この間も大学生らしい男性ふたりが…
「何かなぁ、きょう授業で先生が言うてたけど、吉本ばななって知ってる?お父さんも有名な人らしいで」
「よしもと、っていうんかなぁ。吉本興業の関係かぁ?」
「そんなんと違(ちが)うみたいやで」
「そんなら梅田のマルビル、建てた人ちゃうん。吉本とかいうてたで」
「えっ、それは吉本興業の関係とちゃうんか」
「そやけど、吉本ばななの本って何か読んだ」
「『蛇にピアス』とかか?読んでないけど」

あのね、もうね、声が出かけましたよ…。

2015-06-28

産まれたことに気づいていますか?

「世界中から心を揺さぶる“すごい!”動画や画像を集めて独自の視点でお届けする」というキュレーションメディア「FunDo(ファンドゥ)」のなかに「彼は自分が産まれたことに気づいていないそうです」という記事がありました。

「爬虫類や鳥類は自分で卵の殻を割って産まれてきます。しかし、人間の帝王切開と同じで、外から産まれるのを助けてあげる必要がある場合もあります。このカメレオンの赤ちゃんはその例で、自分で殻を割っていないので産まれたことに気付かなかった様子です」…とのことで、
ほとんどタマゴのかたちのカメレオンの赤ちゃんの写真が掲載されています。

「そうかぁ、
この赤ちゃんは産まれたことに気づいていないのかぁ」と写真を見つめたわけですが、、
はて…僕は一体いつ産まれたことに気づいたんだろう…と考えてしまいました。

もしかしたら、
まだ気づいていないのかもと、思うと、
気づいていなような気もしてしてきました。

2015-06-27

「理想」は危ない

タモリの「夢があるようじゃ人間終わりだね」
…という言葉に我が意を得たりと思ってしまう人間です、僕は…。

タモリが言ったら、それなりに含蓄があるでしょうけど、
僕が言っても、湿った爆竹ほどのインパクトも影響もないのは理解しています。

ごめんなさい、すみません。

「夢」というのは現実には叶わないので「夢」であって、
「夢の実現に向けて頑張っています」という声を聞くと、
(心の中で小さく)
「夢なら叶わないし、かなうなら夢じゃなくて単なる目標やん」と思ってしまいます。

そういう意味で僕も「夢」なんかありません。

小学校のころから作文で「わたしの夢」みたいな題が出されても、
「これは夢というより、妄想みたいなもんで」と書いて、
「この部分はないほうがいいですね」と先生に注意されていましたし、
面倒なので「夢は世界平和」って書いたこともあるほどです。

考えてみれば嫌なガキでした。

僕が教師なら絶対に、こんな小学生を教えたくありません。

ただ男なんで、やはりアホです。
小学5年くらいまで、
ショッカーが僕を捕まえて、
仮面ライダーに改造してくれたらいいのに、
と真面目に考えていました。

2015-06-26

嫌よ嫌よも…

いくらユニークなアイデアでも、
簡単にマネができることを、
一番最初にやると、
イニシャルコストが二番煎じグループより大きくなって、
それよりも少ないコストでスタートした後発組(=二番煎じグループ)に負けてしまう…という説があります。

ビジネスの上の話で、
定説なのかどうかは知らないのですが、
どこかで聞いたことなので、
話した方の、その場の思い付きだったのかもしれませんけど、何となく納得できます。

簡単にマネができるというのは、
アイデアそのものが特許的に独占できないケースなんでしょうけどね。

実際、PCのGUIはもともとアップルのアイデアではないし、
ウィンドウズ95が出たときも、
Macファンからは「どこが新しいねん」と突っ込む声が聞こえてきました。

ただ、この流れが簡単にマネができることに当てはまるかどうかがわかりませんし、
簡単にマネをできるのに、
されないケースもあります。

それはビジネスから視線をずらせば、枚挙にいとまがないほど。

たとえば、
毎朝、笑顔で元気にあいさつするとか…。

これくらい簡単なことはなさそうです。
もちろん設備投資が必要なわけじゃないし、
道具も特別の技術を身につけていなくても問題ありません。

食べ過ぎないとか、
飲みすぎないとか、
無駄遣いをしないとか…。

こういうことも簡単です。

でも難しい。

状況により難しいことがあるかもしれませんが、
満員電車で、
お年寄りに席を譲るなんていうのも、
スキルが必要だとか、
検定があるということは聞いたことがありません。

簡単にできて、
良いことなのにやっていないことって多そうです。

逆に簡単にはできないし、
なぜか、多くのヒトがやっていることってないですかね。

良し悪しというフィルターを抜きにすれば、
スポーツや楽器の演奏はそうですね。
道具も技術も鍛錬も必要なのに挑みます。

それは楽しいとか、
勝ちたいなどという動機や報酬のようなものがあるからでしょう。

つまり「快楽」が行動につながっいるようです。

逆に言えば、
「不快」なことはしたくない。

そして、されたくはない。

自分が嫌なことは他人にするな、という、ものすごく簡単な言葉にまとめられます。

ところが、
自分がやられたら嫌なことも、
自分が他人にやるときは、
同じ行動だと認識できなければ、
「自分が嫌なことは他人にするな」という戒めも役に立ちません。

やられたら嫌だというのが明白なことでも、
他人にやってしまうヒトもいます。

これは、
(1)自分は、その嫌なことをされる心配がないからやってしまう
(2)自分されて嫌だったので仕返しをしている
(3)快感だからやっている
…というケースが考えられます。
また(4)嫌がっているのではなく喜んでいると誤解してやっている…のもあるでしょう。

嫌なことをされている場合、
自分がみじめにならないように、
一見、喜んでいるように装うヒトもいるような気がします。

また嫌なことも、色々あります。
スーパーのレジで並ぶのが嫌なので、
割り込んだら、注意された。
その叱責が嫌だったのでキレたという「嫌」もあるわけで…。

こうなると、
自分が嫌なことは他人にしないという戒めは、
単なる無関心になって、
無秩序にもつながってきます。

また、難しいことに、
「嫌よ嫌よも好きのうち」なんていう男女の情の複雑な機微もあって、
なかなか「嫌」ひとつでも一筋縄ではいきません。

つまり、
結局、世の中から「嫌」なことはなくならない。
どうも、完全になくなっても、それはまた難儀のようで…。

「嫌」なことに、どのように対処して、
取り返しのつかないように工夫する、
それしかないんでしょうね。

そういう意味で「嫌煙権」はかなり対処が進んだ例なのでしょうけど、
「嫌煙」という言葉が残るかぎり、
タバコにまつわる「嫌」は存在するということでしょうね。
タバコがこの世から消滅すれば別ですけど、
それが健全だとも思えません。