2015-05-19

「住民投票」の意味を誤解してないか!


一昨日の日曜(5月17日)に、

「大阪都構想」の是非を問う住民投票が大阪市で行われました。

結果はご存じのように、
「反対」が70万5585票で、
「賛成」69万4844票。
反対が賛成を1万741票上回り、
大阪市を廃止して5つの特別区に分割する案は否決されました。投票率は66.83%。

住民投票前に、
「反対派」からは「都構想は毒饅頭」という批判がありました。
とはいえ、
「都構想」が実現しなくても、
従前のままの大阪府・市政運営なら、
毒饅頭を食らったのと同じなのはいうまでもありません。
というより、
現状はすでに毒饅頭がお腹のなかにある状態で、
それをどのように、
うまく排泄するか、が問題になっていると考えるべきでしょう。

今回の「住民投票」で問われたのは、
財政危機状態の大阪府・市の状態を、
「変えるか」
「そのままにするか」
ではありません。

変化しなければ、
座して死を待つだけですから、
「どのように変化するか」が問われたわけです。

つまり「反対派」は大阪市を残したままで、
「変化する」ことを選んだことになります。

ここで「話が違う」と叫ぶ「反対派」がいたとしたら、
もう毒饅頭がすでに腹のなかにあるのに、
毒が回りかけていることに気づかない、
ゾンビ寸前のバカでしょう。

そこを理解していない「反対」は、
単なる利己主義です。
ここで誤解しないでください。
利己主義が悪いと言っているのではありません。
利己主義に無自覚だったとしたら、
問題だと申し上げているわけです。

一方、
50代以下では賛成が上回ったのに、
反対に回った60代以上の票が結果に大きく影響したといわれ、
「既得権」を守ろうとした“老害”を批判する声も聞こえてきます。

結局、各年代の投票率の問題になってくるような気がしますが、
それはさておき…。

賛否が拮抗したことで、
今後は二重行政の解消や、
財政の健全化の推進がこれまでにも増して注目されることになりました。

たとえば、
「都構想」が実現していた場合、
各特別区の住民は、
行政サービスの低下に神経質になり、
その対策に向けたコストがかさむ蓋然性は低くはなかったと思います。

反対派もネチネチと追及するでしょうから、
それをかわすコストが必要になってくる。
賛成派は行政サービスの低下はないと言っちゃったんですから…。

ところがですよ、
誰も痛みを感じない変化ってあると思いますか。

あるとしたら、
もう魔法の領域です。

普通のアタマで考えたらわかることで、
工夫もなし、
痛みもなしの、
従前の施策の漫然とした継続は大阪市の破綻を意味しますからね。

これまでの“実績”でも分かるように、
税収を増やそうとして、
行政が産業振興をしても、
それが結果に結びつかないことは鮮明です。

つまり支出の抑制・管理が行政と地元議員の最も大きな課題となります。
痛みが伴わないわけがない。

その流れのなかで、
高齢者への行政サービスを見直せという意見も出てきています。

もちろん過剰な福祉施策を縮小するのは当然ですが、
老人を悪人のように指弾して、
「敬老優待乗車証」などまで云々するのはいかがなもんでしょうか。

僕は短絡的な考えだと思います。

高齢者の社会保障費が負担の増加は、
過剰な医療・介護に大きな原因があるというのが僕の印象です。

医療や介護が適切な程度に配分されるような、
トリアージ(優先順位の判断)が必要で、
その能力を持つ「総合医」の幅広い配置がとても有効です。

これは自明のことなのですが、
実現を阻んでいるのは何か?

それを見極めましょう。

結局、
老人の介護が社会問題化するなかで、
家族の負担の軽減が安心や働く機会を増やすことになりますから、
老人が機嫌よく暮らせる町は、
それが魅力となるはず。

大阪なら高齢の両親と同居しても安心ということなら、
都市の求心力になります。

そうなれば人口減少にも歯止めがかかるきっかけにもなり、
子供も育てやすい環境になるのは必定です。

それはとりも直さず、
独身者が安心して老年を迎えることができる環境にもつながります。

ただフリーランチ(タダ飯)はない、
というのが経済の原則だということは忘れてはいけないだけでしょう。


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