産経新聞の神戸支局や大阪の社会部、文化部で記者やデスクを経てデジタルメディア担当専門委員としてwebメディア編集長をつとめました。2015年10月から海外向けSP会社の取締役として第2の社会人生活を始めました。趣味はトロンボーン(和名:伸縮自在真鍮製曲金発声器)や落語鑑賞など。ITパスポートと2級FP技能士資格あり。JAZZと落語とコロッケが好き。 和歌山市出身。大阪・千里在住。
2015-05-20
「公害」の原因は親のしつけの悪さ?
この間、真っ昼間に大阪・千日前通の歩道を、
難波から日本橋の方へ東に向かって歩いていたら、
トラックの運転手らしき40歳くらいの男が車道脇の植え込みみたいなところに入って、立ち小便をしていました。
車道に背を向けていたんで歩道からは局部がまる見え…。
運転しながらよほど我慢ができなくなったのでしょうか…。
そうならば、もっと遠慮気味にやればいいのに、
堂々としていましたから、
この男には日常の習慣なのかもしれませんが、
最近の日本では珍しい光景です。
1990(平成2)年に祥伝社から刊行され、
93年に集英社文庫になった『毒舌 仏教入門』という今東光さんの著書があります。
この本に「日本人くらい行儀悪く立ち小便をする人種はおまへんのやで。外国へ行くと、残念ながらけったいなオッサンでも立ち小便はしていません。これはお出(い)でになればわかります。ほんとに口惜(くや)しいほど、あいつらは……」という一節があります。
今の若い方が読むと違和感を覚えるのではないでしょうか。
確かに、今でも立ち小便を堂々とやっていオッサンがいないことはないですけど、
酔っぱらいなんかがほとんどですよね。
でも1980年代半ばまでくらいは昼間でも、
やっているオッサンが極めて珍しいとはいえないのが実情だったような気がします。
少なくとも今よりははるかに多かった。
公衆トイレの整備が進んでいなかったことも理由のひとつなんでしょうけどね。
東光和尚は、この立ち小便の問題を公害の原因と絡めて語っておられます。
立ち小便の原因をたどれば、
親の教育が悪いからだ、とおっしゃっています。
つまり、子供が「おかあちゃん、おしっこ」というと、
子供だからというんで、
「そこでしときなさい」というような習慣がダメなんだというわけです。
東光和尚によれば、
公害も人間のしつけの問題だと断言し、
「しつけというのは、世の中、自分一人で生きているわけじゃない、人の迷惑になることはしちゃいけないっていうことでね。それが最低の社会人としての条件で、その先で人のために何をするかということになる」と説きます。
ものすごく当たり前のことなんですが、
某国からの観光客が街中で、
子供に立ち小便をさせたとかいう批判や、
原発はトイレのないマンションだ、といった意見が飛び交っている現代、色んな意味で示唆深いです。
もちろん、この立ち小便問題は、
地平線以外に何も見えないような大平原とか、
獣道すらないような密林の話ではなく、
人間が社会生活をおくる「まち」での云々される話ですよ。
ここで原理的すべての立ち小便が「悪」ということにすると、
また話が違ってくる。
東光和尚のおっしゃるように「人の迷惑」っていう範疇でのこと。
とはいえ、
ここの塩梅が大事で、
難しい。
地球って、つながってますからね、どのどの地域も。
で、
確かに経験的に沿って考えてみれば、
日本では、
立ち小便の減少に比例するように、
公害・大気汚染問題も解決してきたという気がします。
もし世の中の「汚れ」がが目立ってきているのだとしたら、
親のしつけが原因なのでしょう。
親の責任にすると、
「生まれてすぐ親を亡くした子供はどうなる!」
「社会の問題を家庭に押し付けるな」
…といった意見が聞こえてくるような気がしますが、
万が一、そのような声が本当にあるならば、
僕には心の貧しさを浮き彫りにしているように思えます。
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