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2016-08-23

猫の氷河期が終わった…かも。

キャットタワーのてっぺんで、ラッシュアワー状態の球太郎くん(写真左)と雷蔵くん(同右)
きょう(2016年8月23日)の日本経済新聞朝刊によると…
「接客する猫がいる店や旅館が話題だ」そうです。

猫に関係する本500冊以上を集めた「小さなお庭と猫の図書館」(大阪市)では2匹の「司書猫」がいて、仕事帰りの会社員らが、この看板猫をお目当てにやってくるそうです。

このほか東京・上野のバーにいる「バーテンダー猫」や、山形県天童市の旅館の「猫女将」などが紹介されていて、
帝京科学大学アニマルサイエンス学科の山本真理子助教が「動物が安心して過ごせる環境なら、人間もリラックスできる場所という期待が人をひきつける」と説明しています。
で、
記事は「そんな『猫社員』。あなたの会社にも1匹いかがでしょう?」と締めくくっています。

「猫社員」といえば、
和歌山出身の僕は、
和歌山電鐵の「たま駅長」がまずアタマに浮かんでしまいます。

初代は去年亡くなって、今は二代目ですね。

そんなわけで、キョービは猫もビジネス現場で経済に貢献しているわけですよ。

2015-10-12

秋の夜長のネコ

秋の夜長ですね。
夜行性のネコは時間を持て余して、
真夜中も寝ていますけど、
昼間も宵の口も寝ています。
…というわけで、
行動時間に備えて寝ている雷蔵くん(ネコ、サバトラ、♂、3歳、愛称:雷ちゃん)と球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん)にカメラ(キヤノンPowerShotA1400)を向けてみました。

キャットタワーのてっぺんにいたQちゃんは…
「何やねんな。いきなり、不細工に映ってしまうやろ!」と不機嫌です。

で、まぎれもなくアゴの肉がたるんで不細工です。
「寝起きドッキリか?」みたいな感じで迷惑そうでした。

2015年10月12日

2015-06-08

事件が見せた「リビングは戦場」という現実

きのう(7日)、書いたように、
京都で一泊してきました。
片道1時間くらいなんですけどね。

それはさておき、
雷蔵くん(ネコ、サバトラ、♂、2歳)と、
球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん)は、
ウチに来て初めて丸1日、人間と接触しないという経験をしました。

これまで留守にするときは、
ペットホテルに預けるか、
ペットシッターさんに来てもらっていたんです。

でも正味20時間くらいなんで大丈夫だろう、ということで、
留守番をしてもらいました。
犬とは違って、
不審者が入ってきたら撃退してくれるとも思えないので、
正確には留守“番”になっている気はしないんですけどね。

いつも僕と一緒にベッドの上で寝るし、
朝5時には僕を起こして「ゴハンくれ!」って起こすのが日常なので、
ふだんと違うのは少し心配したのですけど、
昼ごろに帰宅したら、
特に変わりはないし、
多めに用意していたキャットフードも適度に残してして、
食べすぎもせず初の留守番は達成できていました。

しかし、好事魔多し…。
「事件」はそれから起こったんです。

自分の部屋で仕事をしていたので、
その瞬間は見ていませんでした。

確かに、
何かモノが落ちる音は聞こえたんですけど、
あんなことになっているなんて…。

一段落してリビングに行くと、
何か様子が変…。
違和感がある。

見渡すというほどの広さじゃないけど、
違和感の正体は床に視線を移したときに判明しました…。

キャットタワーのてっぺんが落ちていました。
ジョイント部分のネジと支柱をつなぐところがちぎれるように壊れて、色々と試したけれど、
僕調べでは修復不能…。

ちぎれた「てっぺん」(写真上)と 「てっぺん」が立っていた跡(同下)
ちぎれた「てっぺん」(写真上)と「てっぺん」が立っていた跡(同下)
雷ちゃんが怯えている。
固まった感じで、
呆然としています(僕の印象です)。

想像するに、
雷ちゃんがてっぺんにいるときか、
駆け上ったときに「惨事」は起きたようで、
幸いケガはなかったものの、
心に傷が残ったみたい。

最近、
Qちゃんが、てっぺんで憩っていると、
先輩の雷ちゃんが無理やり割り込んで、
場所を横取りすることが目立っていたのだけど、
ショックを受けた雷ちゃんに乗じて、
Qちゃんが形勢を逆転…。

固まっている雷ちゃんを、
少し離れて“ロックオン”したかと思うと、
ネコが獲物を狙うときのお定まりの、お尻フリフリしたあと、
パッと襲撃。
雷ちゃんの頭を右手でポカッと、どつくのを繰り返しています。

ピンポンダッシュみたいな感じなんですよ、これが…。

雷ちゃんはそのたびに、
「フニャぁ」と弱々しい声を出すだけ…。

すごいです。
一見、友好関係にある先輩後輩だったのに、
Qちゃんは虎視眈々と相手が弱るのを待っていたんですね。
リビングの平和は表面だけ…。
本当は戦国時代だったのですね。
面従腹背の部下が上司を蹴落とす企業小説や、
現代の複雑な国際関係と僕の家の状況が重なりましたよ。

Qちゃんは天下を取ったように、
興奮して家の中を走り回ったりもしてました。

でも、それも一夜の夢のように、
今朝は平常…いつもどおり。

ネコは不思議です。

でも難儀なのは、
またキャットタワーを買わないといけないということ。
ネコが来てから約2年半、これで3台目です。

現場を検証しているのか、「てっぺん」が名残り惜しいのか。今朝(2015年6月8日)の雷ちゃんとQちゃん

2015-06-07

哲学するネコ

京都・南禅寺の重要文化財「三門」から見える新緑
京都・南禅寺の重要文化財「三門」から見える新緑=2015年6月7日
「京都で泊まるなら南禅寺界隈に限る」
これは「世界大恐慌」直前の1928(昭和3)年から7年間、
東京・千駄木に居をかまえて、
日本仏教美術を研究した英国人、ロバート・R・クラークがエッセイに書き残した言葉です。
クラークの『日本で見る東洋のかたち』は日本美術史を学ぶ学生の必読書です…。


…というのは嘘で、
そんな研究者は…たぶん…いないし、
おそらく、そんな本もないと思います。


僕が思いつきで書いたのですけど、
「南禅寺界隈」云々は僕にとって「真理」にも近い「真実」です。
まぁ、それも今朝、そうなったんで、
できたての「真理」です…。


今年は正月以降、まとも連休がとれなくて、
旅行もしていない、
近々には連休は難しそうなので、
土曜の午後と日曜の午前中が空いていれば、
大阪からなら手軽に一泊して、
観光気分を味わえる京都に行ってきました。

それも安上がりの会社の保養所です。

南禅寺の境内に面するくらいの感じにゆったり建っていまして、
往年の時代劇スター・「アラカン」こと嵐寛寿郎(1902~80年)の旧邸の敷地にあります。

確か、作家の遠藤周作(1923~96年)は灘中学(旧制)時代、
弟子入りを志願して京都のアラカンの家を訪ねたとエッセーで書いていたので、
それがここだったのかもしれません。

夜は大広間に面した庭にホタルが飛び交うそうで、
楽しみにしていたんですけど、
大浴場につかってから、
“あの”宿泊料金では考えられないほど豪華な夕食で、
機嫌よくビールをグビグビ飲んだら、
仮眠のつもりがそのまま爆睡…。

まぁ、そのリベンジっていうわけじゃないですけど、
朝食前、まだ観光客が来る前の早朝の南禅寺界隈を歩いたわけです。
「散策」という言葉は、
このためにあるというロケーションです。

それに、
梅雨だとは思えないほど、
さっぱりした天気で、
新緑の東山から、
ウグイスだかホトトギスだかの声も聞こえます。
(「ホーホケキョ」と「トッキョキョカキョク」の区別がつかない…)



京都・南禅寺

保養所から目と鼻の先の南禅寺の境内に入って、
重要文化財の「三門」の前を通り抜ければ、

「哲学の道」へと続きます。

哲学の道

ネコがいました!
思索しているような、していないような。
たぶん、していないですね。


「哲学の道」のネコ

あれ、またネコが…。

今は営業していない気配のレンガ造りカフェの入り口にある、
看板代わりのオブジェのようなワゴンがネコたちの住処(すみか)となっていました。

哲学の道のネコの住処

前に来たのは10年ほど前で、
こんな様子は記憶には残っていません。

エサやり用らしい皿も近くに整理されているし、
去勢済みを知らせるとみられる片耳の先が少し欠けたのもいるので、
近所の方が面倒をみている地域ネコかもしれません。

ジョギングや散歩をしている界隈の住人らしい方を警戒しないし、
この土地に溶けこんでいるのかも。

いずれにせよ、
「哲学の道」のネコは、
特別の意味を与えられている概念のように、
存在しているのでした。

2015-05-21

あのマントはどこへいったのか?

きょう(2015年5月21日)は代休です。

ここ3年くらい、
土曜か日曜、もしくは両日とも仕事っていうのがほとんどなので、
木曜に代休を取っていたら、
毎週の定休日状態になっています。

本日は晴天で、
暑くもなし寒くもなし湿気もなし、
という大阪には珍しく、いい塩梅(あんばい)の日でした。

朝に月1回の定期的な病院通いっていう、
年寄りくさい野暮用を済まして、
球(たま)遊びをしました。
気持ちのよいお天気を楽しんだわけです。

球遊びって、
ゴルフとかじゃないですよ、
もちろん、
パチンコでもない。

僕は両方ともしません。

かといって、
ビリヤードというような、おしゃれなもんでもありません。
パチンコもそうやけど、
天気に関係ないし…。

じゃぁ何をというと、
市民公園でバスケットボールをやったんです。

とはいえ、
ゲームをしたわけじゃなくて、
ひとりでゴールにシュートを撃つという地味な遊びなんですけどね。

ボールは持っているんで、
100円ショップで買った、ちょうどいい大きさのチャック式の手提げ袋に入れて公園に行ったわけです。

たぶん、おっさんがバスケットボールを持ってウロウロしていると思う人は少ないでしょから、
スイカか何かと勘違いされたかもしれないです。

それはまぁどうでもいい話。

土曜とか日曜とかだと、
昼前はバスケットゴールで遊ぶ小学生や中学生がけっこういますけど、
平日休みのいいところは、そこ。
遠慮なく使えます。
これが、そのバスケットボールのゴール。ただし撮影は2013年5月23日です。
ただ、赤ちゃんとか、幼稚園や保育所に通う前の幼児をつれて公園にいるお母さんたちが露骨に警戒するのがプレッシャーですけどね、ハハ(笑)。半ズボンに、ダボシャツみたいな感じだったのも良くなかったな。芦屋雁之助演じる山下清が無駄に活動的になった感じでしたね。

その風体で、
ドリブルシュート、フリースロー、ジャンプシュート…。
30分間やり続けました。
周囲の状況は、
もっとやっても警察に通報されるような空気ではありませんでしたが、
僕に問題がありました。
大した運動じゃないはずだし、
歩くのなら3時間ぶっ通しでも平気なのに、
バスケの場合、
ふだん使わない筋肉を使うし、
跳ね返ったボールをひろうために、
走り気味になるせいか、
息は上がり、
足は上がらなくなってきました。

ちなみに僕は中学時代はバスケ部でした。
(まだ3ポイントシュートがない時代です)
高校はハンドボールで、
大学では1回生の体育でバスケを選びました。
(このときもまだ3ポイントシュートはなし…)

で、
そのあとは雑用やらを済ませて、
今晩は家で、
うまいビールを呑んだわけです。

もう、ここまでで充分に長いんですけど、
これからが本題の入り口です。

タイガースとジャイアンツのTV中継を見ながら、
空豆の塩茹で、コロッケなんかでビールをごくごく、
途中から「極上宝焼酎 25°」紙パック入り(900ml)を炭酸水で割ってポッカレモンを入れてグビグビやっていると、
雷蔵くん(ネコ、サバトラ、♂、2歳)が膝の上に乗ってきます。
ネイビーとグレーのボーダー柄の室内用ハーフパンツをはいた僕の膝に乗る雷蔵くん=2015年5月21日
 これはいつものことで、
膝の上に乗ってきては、
僕にしがみつくようにして、
右手で僕のアゴをチョンチョンとつつきます。
で、僕が顔を近づけると、
それまで、自分のお尻をなめていた舌で、
僕の唇をペロペロしてくれます。

これはマッサージをしてくれっていう催促でもあるわけで、
全身を頭や首周りをなでてやったり、
腰のあたりをもんでやったり…。

すると、
ノドをゴロゴロ鳴らして、
笑ったような至福の表情になり、
「オッサン、腕上げたやないかぁ、エエど、エエど」という感じで、
また、僕の唇をなめてくれるわけです。

その間、僕にしがみつくような姿勢なので、
こちらも雷蔵くんのをなぜたり、もんだりしていないほうの左手で支えています。

するとどうなるか…。

酎ハイも呑みにくいし、
アテもつまみにくい…。

お待たせしました。
ここからがきょうの本題、本番です。

雷蔵くんの相手をしながら、
赤ちゃん用の抱っこヒモがあれば便利かなと思ったわけ。

でも、風呂敷で代用できる!とひらめいたんです。

ものすごく名案だと自画自賛したのですが、
それも一瞬…。

ウチで風呂敷なんてものを見た覚えがないことに気づきました。

少なくとも、
僕が中学、高校くらいまでは、
「包む」といえば、
風呂敷でした。

もう家庭の必需品というよりも、
箸とか茶碗なんかと同じレベルで、
自然に家にあるものでした。

しかし、僕が今、暮らしている家には(たぶん)ありません。

幼稚園や小学校のときのチャンバラごっこや、
「月光仮面」系及び「黄金バット」系の「ごっこ」には、
マントとしても必須アイテムでした。

僕と同世代のオッサンのアルバムには、
風呂敷のマントをつけて、
駄菓子屋で買うか、
父親のをこっそり持ち出すかしたサングラス姿、
おもちゃの刀か拳銃を持った姿の幼いころの写真が必ずといっていいほどあるはず。

いつ頃からなんでしょう、
風呂敷をマントにして遊ぶ子供を見なくなったのは…。

そもそも最近のアニメや特撮もので、
マント姿のキャラクターはいないような気もするし…。

それにしても、
風呂敷って最近みませんね。

どうしてるんでしょう。

元気にしてるんでしょうか…。

調べてみようと思っています。

2015-05-02

Never give up.

球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん) 

きょう(2日)は太陽の下で仕事をして、
帰って原稿を書いて、
夕食の後、
本を読もうと思って、
ソファに寝転んだら、
そのまま寝てしまい、
気づいたら、
もう日付けが変わりそうな時間。

で、
ものすごくセコいんですけど、
毎日のブログの更新をとりあえず、
途絶えさせないため、
こんな文章をアップロードする次第です。

たぶん一日、開いてしまうと、
もう書かなくなってしまいそうなんで、
とりあえず、
反則だとは思うのだけど、
更新だけはするというわけ。

まぁこういうことがあってもいいですよね。

これもまた、
「生きる名人」をめざす選択肢のひとつのような気もします。

時には厚顔無恥なことも欠かせない。


もちろん、公序良俗に反したり、
他人様に迷惑をかけないことならば…です。

2015-04-26

ネコが悪いか

マウスピースを手前にして吹く体勢に近いアングルで撮影するとこんな感じ

ブログのタイトルの一部に、

「トロンボーン主義」なんて入れながら、
これまでの本文では、
この楽器について触れていませんでした。

うっかりしていたわけじゃないんです。

正直に申し上げると…。

逃避だったような気がします。

トロンボーンについて語るに当っては、
写真も入れたい。

が…です。

このブログを始めて以降、
まったく楽器にさわっておらず、
写真を撮る機会はありませんでした。

でも、
昨日、今月になって2回目くらいの練習のために、
楽器をケースから出して、
組み立てたので、
写真を撮る機会があって、
やっとトロンボーンをテーマにすることができたわけです。

ブログを始めたので、
吹く時間がなくなったというわけではありません。

始める前も同じような情況だったからです。

まぁものすごく簡単に言うと、
怠けていただけです。

四十の手習いで、
始めたのが2006(平成18)年9月でした。
当時の日記で調べると、
9月2日土曜日に大阪・心斎橋の三木楽器で、
ビギナー用のヤマハ「YSL-354」を買って、
その日から吹き始めました。

その動機は長くなるので、
後日に譲るとして、
今年の9月でもう丸9年になるんですね。

感じとしてはね、
まだ1年くらいかな…という実力。
自慢じゃないけど、
謙遜じゃないですよ。

いやね、最初の1年くらいは、
毎日練習していました。

その後も毎週「ヤマハ大人の音楽レッスン」にも通い、
確か発表会にも3回、出ました。

たぶん、
うまくならないのは、
楽器が安いせいかも、
とも考えて、
同じヤマハの「YSL-697Z」も、
新たに買いました。
それまで使っていた「YSL-354」の倍以上の値段でして、
吹いてみて実感したのは、
値段に比例した楽器の良さですね。

僕の実力を、
これまでよりさらに忠実に反映するので、
さらに下手さが際立ちました。

嘘だと思うでしょ?

楽器をやっている方なら、
分かると思いますけど、
本当です、真実です。

でも、まぁ4、5年前までは、
週に3、4日は練習していたんですが、
それが週2日、週1日となり、
2年ほど前からは、
2カ月に3回なんてことに…。

楽器は1日サボると、
3日後退するとも言われます。

その「法則」で、
単純に計算してみると、
僕は楽器を始める前より下手になっているという、
マイナス状態です。

でもまぁいくら何でも、
そんなことはないかと申しますと、
そうでもなくて、
楽譜を追う視力、
それを演奏に反映する運動神経、
肺活量、
金管楽器の要となる唇まわりの筋肉の力…。
加齢に従って、
そんな諸々が老化して衰えますからね。
マイナスになるのも荒唐無稽とまでは言い難い。

で、
なんで練習しなくなったか。
ひとつは、
仕事が忙しくなった…か?
考えてみれば、
そうでもありません。
ただ、
仕事の内容の変化で、
レッスンに通うのが難しくなって、
退会したら、
「宿題」ができていなくても恥をかく場がなくなったので、
「まぁ、ええか、きょうは」が2日続き、1週間続き…という次第ですね。

それと、
ネコです。
そう、あのニャァニャァ鳴く、
英語でいうとCATという動物です。

2012年11月に、
サバトラのオス、雷蔵くん(当時生後4カ月くらい)と、
一緒に暮らすようになってから、
帰宅すると、
まず、雷ちゃん(雷蔵くんの愛称のひとつ)の相手をするというか、
相手をしてもらうというかで、
トロンボーンは、
「まぁ、ええか、きょうは」が「きょうも」になって…。
さらに去年の6月にはシロキジのオス、球太郎くん(当時生後2カ月半くらい、愛称:Qちゃん)も来てからは、
「きょうも」すらなくなり…。

ネコのせいで、
もう「トロンボーンが趣味」とはいえないくらいの情況で…。

すみません。
言い訳です。
雷ちゃんもQちゃんも悪くはありません。
彼らには濡れ衣です。

悪いのは「政治」と「社会」です。
だいだい物事の責任は政治と社会に押し付けてしまえば、
丸く収まりますし、
誰の責任にもならないので、
そうしておきます。

いったい何が言いたいんでしょう?

自分でもわからなくなってますけど、
このブログの「伸縮自在通信」というのは、
トロンボーンの和名の、
「伸縮自在真鍮曲金発声器」に由来するわけで、
そんな伸縮自在な感じから、
タイトルの中に、
「トロンボーン主義」(trombonism)
という言葉を入れました。

どんな悲惨な情況で最期を迎えようとも、
「ああ面白かった」と思える、
「生きる」ことの「名人」になる方法を探るために、
このブログを続けていきたいと考えています。

ちなみに、
きのうトロンボーンの写真を撮ったら、
満足して肝心の練習はしなかったことを今、
思い出しました。

2015-04-20

ネコに「個性」はあるか?


このブログでの自分の名前は「雷球(raiQ)」にしています。
プロフィールを参考にして、
ググれば、
本名なんか、すぐにわかってしまうし、
わかって、
それがどうのこうのっていうことはないので、
別に本名を隠そうとか、
匿名でブログを書こうとかいう意図はありません。

雅号っていうほどのもんじゃないですけど、
なんだか思わせぶりっていうと、
おかしいけど、
ちょっとカッコイイネーミングにしたかったわけですね。

でも結局、思い浮かばなかったので、
一緒に暮らしているネコの名前から一文字ずついただきました。

「雷」は、
「雷蔵(らいぞう)」くん(サバトラ、♂、2歳)=写真左=から、
「球」は、
「球太郎(きゅうたろう)」くん(シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん)=同右=から…というわけです。

雷蔵くんは、
2012年の7月4日に大阪・茨木市の公園で、
生まれてすぐにスーパーの買い物カゴに入れてられて放置されているところをボランティアさんに保護されました。
その買い物カゴのなかには、
雷蔵くんのきょうだいと思われる子ネコとか、
もう少し大きめのネコ数匹が一緒に詰め込まれていたそうです。

ウチに来たのは、その年の11月で生後4カ月くらいのときでした。

Qちゃんは大阪市旭区の空き家で、
お母さんとか、きょうだいと野良生活をしているときの保護されて、
ウチに来たのは去年の7月。
ちょうど生後2カ月半くらいのときでした。

「生きる名人」をめざすについては、
ネコに教えられることも多そうなので、
とりあえず簡単に紹介しておきます。

しかし、まぁネコなんて他人の飼い猫や野良をみていると、
柄や大きさの違いくらいしか気づかないんですけど、
一緒に暮らしてみると、
動き方、食べ物の好き嫌い、性格…が全然ちがいますね。

これまでネコとひとつ屋根の下で生活するという経験がなかったもので、
ちょっと驚いています。

それが人間でいうところの個性と同じかどうかはよくわからないんです。

もし同じだとしたら、
個性って、
伸ばししたり、
育てたりする類(たぐい)のもんじゃないってことになる気がしています。