産経新聞の神戸支局や大阪の社会部、文化部で記者やデスクを経てデジタルメディア担当専門委員としてwebメディア編集長をつとめました。2015年10月から海外向けSP会社の取締役として第2の社会人生活を始めました。趣味はトロンボーン(和名:伸縮自在真鍮製曲金発声器)や落語鑑賞など。ITパスポートと2級FP技能士資格あり。JAZZと落語とコロッケが好き。 和歌山市出身。大阪・千里在住。
2015-05-13
大阪の「未来像」
日本SF界の巨人のひとり、小松左京先生(1931-2011年)の著書『わたしの大阪』(中公文庫)には、
そのタイトルの通り、
大阪に関する先生のエッセーや論考が収められています。
小松先生は大阪市西区京町堀の生まれ。
ここで言う「大阪」とは取りも直さず、
現在の「大阪市」のことです。
それが一目瞭然の、この本のなかに、
1973年に書かれた「大阪の未来のために」という一文があります。
ここで、
関西は「京都、神戸、奈良といった、それぞれ一癖のある都市が近接していて」、
「関東における東京のように、政治、経済、文化的に図抜けた大中心に焦点をむすぶような所ではない」と、おっしゃっています。
さらに、
神戸市は「ミナト神戸」の性格をはっきりとさせ、
京都は学界・思想界に対する発言力で、
日本のなかにユニークな立場を保持し続けている、
としておられます。
これに対して、
「大阪という都市の性格がぼやけてしまっている」と指摘し、
「『都市としての性格・印象の曖昧さ』が大阪の『未来像』の予測を難しくさせているのである」と苦言ともとれる分析をされています。
結局、その後1994年の関西国際空港開港前あたりから、
お笑いやタコ焼きなどの「コテコテ文化」が大阪を語る場合のステレオタイプのイメージとして定着してきたような気がします。
大阪といえば、
テレビでは、
道頓堀のグリコやかに道楽の看板が象徴的な風景として登場します。
それはとても鮮明な原色の「絵」なのですが、
「未来像」の予測が難しいのは相変わらず…。
それどころか、未来の変化がさらに想像できにくくなっています。
そのように大阪(=大阪市)という都市の性格が曖昧なままで、
この地域を分割していいのでしょうか。
分割することによって、
「各区域」のそれぞれの性格が鮮明になり、
未来像が予測しやすくなったとしても、
京都、神戸に対峙する都市としてのパワーを持つことができるのでしょうか。
大阪が「関東における東京のように、政治、経済、文化的に図抜けた大中心に焦点をむすぶような所」になるのなら話は別かもしれません。
しかし、単に関西全体の東京化が進むだけならば、
この地域の文化も経済も痩せてしまうような気がしています。
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