2015-05-06

谷崎潤一郎と、うどん

『蘆刈・卍(まんじ)』(中公文庫)の表紙

谷崎潤一郎(1886-1965年)の『蘆刈』は、

中公文庫にある河野多恵子の解説をそのままに借りれば、
「恋愛成就の困難な女人への谷崎潤一郎の無限の念いを本格的な見事な虚構化によって、そのままに書いたのではとても書き得ない作者自身の現実を真実の極みまで表現した小説なのである」。

河野多恵子は今年1月、88歳で亡くなりました。

『蘆刈』は谷崎の作品のなかでは、
僕が『細雪』の次に好きで、
その次が『猫と庄造とふたりのおんな』です。

「あるとしの九月」に、
神戸の岡本から大阪・三島郡の水無瀬へ、
小説の語り手がひとりで散策と月見に行くところから始まるのが『蘆刈』です。

きょうは、この作品を云々という大それたことをしようというのではなく、
本筋とは関係なく印象に残った部分の、お話です。

初めて読んだのは大学を卒業して就職した年、
ちょうど初任地の神戸で暮らし始める前後だったと記憶しています。

印象に残ったというのは、
“語り手”が水無瀬を散策して、
月の出の前に食事をしたくだりです。

「もとより気の利いた料理屋などのある町でないのは分っていたから一時しのぎに体をぬくめさえすればいいのであるとうどん屋の灯を見つけて酒を二合ばかり飲み狐うどんを二杯たべて出がけにもう一本正宗の壜を罎を熱燗につけさせたのを手に…」

―という部分で、
それがどうした、という方も多いでしょうけど、
僕はこの文章を読むまで、
うどんで酒という発想が全くありませんでした。
日本酒で麺類なら、蕎麦という印象を持っていたんです。

だから新鮮というか、
違和感すら覚えました。

「うどん定食」がある関西で生まれ育ち、
うどんは主食でもあり、
おかずでもあるわけで、
酒との相性なんて考えたこともなかった。

ですから、
東京生まれの谷崎は、
たぶん麺類といえば、
蕎麦だったはず、
ところが関西に移り住むと、
東京ほど蕎麦は美味くない、
そこで、
代替として、
うどんに日本酒という取り合わせになったのだろう…
と勝手に推測しました。

それが当たっているのか、
どうかはわかりませんが、
それから、うどんへの見方が少々、
変わったのは確かです。

グラフィックデザイナーで居酒屋探訪家の太田和彦さんが著書『居酒屋大全』で、
日本三代居酒屋のひとつとした大阪・阿倍野の「明治屋」には、
ちゃんと「細うどん」という酒の肴になるメニューがあって、
初めて見たときには、
『蘆刈』を思いながら、
食べて飲んだ次第です。
「細うどん」の文字が『細雪』にも通じて、
なかなか、しみじみとしたわけです。

そういうときって、
意味なく幸せなんですよね。

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