2015-08-06

大学教育のリスク

「俺のモノづくりはフリージャズなんだ。アドリブで客を楽しませ、アイデアをいっぱい盛り込んで発注元を喜ばせるんだ」

…というのは東京都墨田区の町工場「岡野工業」社長、岡野雅行さん(1933年~)の著書『心が折れない働き方』(青春出版社)の中の言葉です。

細野さんは穴の直径が0・08ミリの世界一細い「痛くない注射針」の量産化に成功するなどの業績で知られます。

先に引用した「フリージャズ」の下りは岡野さんは図面が描けないんで、
複雑な構造の機械も図面なしで作ってしまう、という話の一部分です。

「痛くない注射針」にしたって、
物理的に不可能とされたことを実現させてしまったわけですが、
もしかしたら、
岡野さんが図面を描きながら考えていたら、
この世界が注目した技は生まれなかったかもしれません。

岡野さんは国民学校初等科を卒業して家業の金型工場を手伝って腕を磨いたそうで、
仕事に関しては学校で勉強したわけではないんですね。

たぶん、大学まで行って金属加工の勉強や研究をしていたら、
図面なしでモノをつくるという発想はなかったはず。
だって再現性が保証されないんですもん。
実際、今でも岡野さんのところで作った機械に不具合があると、図面がないので使っている人間がどう対処すればいいのかわからないらしいです。

でも注文がくるっていうのは他では作れないものも作ってしまう技術があるからだというのが理解できます。

そういう意味で「学校教育」って何なのでしょうかね。
小中学程度の読み書きができれば、
あとは自分で工夫し、
自分の目的に合わせて学ぶことを選んでいけばいいんじゃないでしょうかね。

自分の目的がわからければ適当に高校、大学に行けばいい。
高校や大学を否定しているわけじゃないんです。
大学に行くことによってしか達成できない目的もあるでしょうからね。

いずれにせよ、
大学に行くことによって失っているものもあることを意識するのが大切なんだと思います。

特にこれだけインターネットが発達して、
物事が効率的に学べる時代に、
大学の先生にしかなれなかったようなヒトの教えを受ける必要があるんでしょうかね、高いカネを払って…。

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