「安保法制法案」などの問題もあって、
「8月15日」を前に「戦後70年」に関する論議や考察が重ねられています。
僕も今、昭和史や、戦争とメディアに関する本を立て続けに読んでおりまして、
咀嚼(そしゃく)して、どのように自分の知識や意見としていけば、
いいのか検討しているところです。
「何を今さら」という叱責も聞こえてくるような気がしますが、
いろんなものを読めば読むほど、
一筋縄ではいかないという思いが強くなるんです。
その半面、
読むものの幅を広げていくと、
学問的な検証などで「間違い」だと言い切っても許されるようなことを「真実」の前提として語っているような意見もあるような気がして、
人々のアタマのなかになる歴史の多様さに、
唖然としているような次第です。
一方「新聞」というメディアの一般論にしていいのか、どうかはわからないのですが、
抽象的には「大東亜戦争=太平洋戦争」に関しては、
「新聞」が「国民」を駆り立てたというのは間違いないという気はしています。
ただ、当時、どれくらい「新聞」が影響力を持っていたのかが実感として分からず、
実質的な関与の度合いが僕の想像力では心もとない部分もあります。
それに関する話ですけど、
「ペンは剣よりも強し」という言葉があります。
言論は暴力を凌駕するということで、
ジャーナリズムの「力」を示す象徴的な言葉となっています。
ですから、
ジャーナリストは言論弾圧に屈してはいけないことになっていますし、
言論が統制されるような社会は不健全だということになっていて、
たぶん、それに異議をとなえる方はいらっしゃらないだろうし、
もし、いらっしゃったとしても、極めて少数に違いありません。
僕も、そのこと自体には異議は全くありません。
ただ、歴史のなかで、
産経新聞の神戸支局や大阪の社会部、文化部で記者やデスクを経てデジタルメディア担当専門委員としてwebメディア編集長をつとめました。2015年10月から海外向けSP会社の取締役として第2の社会人生活を始めました。趣味はトロンボーン(和名:伸縮自在真鍮製曲金発声器)や落語鑑賞など。ITパスポートと2級FP技能士資格あり。JAZZと落語とコロッケが好き。 和歌山市出身。大阪・千里在住。
2015-08-09
2015-05-03
28年が過ぎて
毎年「5月3日」を迎えるたびに、
いら立ちに似た感情を覚える。
歯がゆさにも近い思いだ。
1987(昭和62)年5月3日、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)が散弾銃を持った人物に襲撃された。
同支局2階にいた2人が撃たれ、
小尻知博記者(当時29歳)が亡くなった。
僕は記者になって3年目を迎えたばかりの駆け出しだった。
いら立ちや、
歯がゆさのような気分を感じるのは、
まず「犯人」が捕まらないことが原因。
それは明確である。
そして、
未だに、
この事件全体を正確に表現する言葉を自分が持ちあわせていないことだ。
当時の報道が、
従前の「事件取材」の方法や表現でなされたことへの疑問は、
すでに書いていて、
その原稿が収められた本も出版されたけれど、
それとはまた異なる。
「言論に対する暴力での弾圧」には違いないのだろうけど、
一眼式のレンジファインダーカメラの焦点が定まらず、
二重像が微妙にずれているような気がする。
「事件」は自分の「外」にある「非日常」だという感覚から、
抜け出せない違和感が原因かもしれない。
…と書きながら、
そんな複雑な表現をすることがいけない…とも自戒する。
簡単にいうと、
他人事(ひとごと)の域を出ていないという嫌悪感だ。
あれから時間が過ぎて、
世の中の状況も人々の意識も変化した。
つまり、
「事件」があった当時の時代と今の空気は違ってきた。
それが良い悪いの問題ではない。
よく「風化」という言葉が使われるが、
現実には
変わっているのは「事件」ではなく、
自分たちなのだとあらためて思い知る。
過去の事実は変わらない。
現在の我々が変わるのだ。
他人事にしてしまっている嫌悪感に話を戻すと、
結局、
端的に言えば、
自分に銃口が向けられる可能性があるとき、
それが言論に関わる問題ならば、
自分の勇気が恐怖を克服できるか、
その自信が確固たるものではないことに嫌悪感を覚えさせるのだろう。
恥ずかしいと思う。
そして、
恥ずかしいと思うことを免罪符にはしてはいけないのは当然だが、
恥ずかしいという気持ちの次へ進むために、
恥ずかしいという感覚は土台として持っておきたい。
この「事件」を適切な言葉で表現するために。
いら立ちに似た感情を覚える。
歯がゆさにも近い思いだ。
1987(昭和62)年5月3日、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)が散弾銃を持った人物に襲撃された。
同支局2階にいた2人が撃たれ、
小尻知博記者(当時29歳)が亡くなった。
僕は記者になって3年目を迎えたばかりの駆け出しだった。
いら立ちや、
歯がゆさのような気分を感じるのは、
まず「犯人」が捕まらないことが原因。
それは明確である。
そして、
未だに、
この事件全体を正確に表現する言葉を自分が持ちあわせていないことだ。
当時の報道が、
従前の「事件取材」の方法や表現でなされたことへの疑問は、
すでに書いていて、
その原稿が収められた本も出版されたけれど、
それとはまた異なる。
「言論に対する暴力での弾圧」には違いないのだろうけど、
一眼式のレンジファインダーカメラの焦点が定まらず、
二重像が微妙にずれているような気がする。
「事件」は自分の「外」にある「非日常」だという感覚から、
抜け出せない違和感が原因かもしれない。
…と書きながら、
そんな複雑な表現をすることがいけない…とも自戒する。
簡単にいうと、
他人事(ひとごと)の域を出ていないという嫌悪感だ。
あれから時間が過ぎて、
世の中の状況も人々の意識も変化した。
つまり、
「事件」があった当時の時代と今の空気は違ってきた。
それが良い悪いの問題ではない。
よく「風化」という言葉が使われるが、
現実には
変わっているのは「事件」ではなく、
自分たちなのだとあらためて思い知る。
過去の事実は変わらない。
現在の我々が変わるのだ。
他人事にしてしまっている嫌悪感に話を戻すと、
結局、
端的に言えば、
自分に銃口が向けられる可能性があるとき、
それが言論に関わる問題ならば、
自分の勇気が恐怖を克服できるか、
その自信が確固たるものではないことに嫌悪感を覚えさせるのだろう。
恥ずかしいと思う。
そして、
恥ずかしいと思うことを免罪符にはしてはいけないのは当然だが、
恥ずかしいという気持ちの次へ進むために、
恥ずかしいという感覚は土台として持っておきたい。
この「事件」を適切な言葉で表現するために。
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