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2015-10-29

いくつに見える?

桂枝雀(1939~1999年)の人気の演目のなかで代表格のひとつといえば「代書」です。異論があるかもしれませんが、そういうことにさせてください。

履歴書をつくってもらうために代書屋に来た松本留五郎が“主人公”です。

生年月日を言ってください、と言われたら「セーネンガッピ」と言ってしまうような人物ですから埒(らち)が明きません。

代書屋が「一体お幾つですねん?」と聞くと自信満々で「26です」と答えるのですが、代書屋は怪訝(けげん)な顔で「どう見ても40過ぎてまっせ」。だいたい、ここで客席からは笑いが起こりますね。

留五郎が、親父が死ぬ間際に、そう教えてくれたと言い張ると、小さめの笑い声が上がり、代書屋が「親父さん、いつ死なはったんです?」と聞くと「さあ、今朝もそれ、嬶(かか)と話することだっせ。『早いもんやなあ、おい、親父が死んでもう20年になるでェ』言うて」で大爆笑というような噺です。

年齡といえば、記者時代に取材で困ったことが何度もありました。日本の新聞って、だいたい取材相手の年齡を入れるんですね。芸能人なんかで公表していない場合や、ご覧になるとわかりますけど、政局、海外の政治経済のニュースなんかは別にして、だいたい年齡は入ってます。プロスポーツ選手の年齡をいちいち入れているのなんて日本くらいかもしれません。

駆け出しのころ、イベント取材なんかでコメントを取った来場者の年齡を聞き忘れてデスクに怒られた経験を持つ記者は少なくないはず。

2015-04-18

めざせ桂米朝!


「桂米朝」といえば…
2015年3月19日に亡くなった人間国宝の噺家です。
あえて「三代目」と詳述するほうが、
「それ誰?」という風に違和感がありますね。

上岡龍太郎さんが、
「米朝の名前は永久欠番」(2015年3月25日「デイリースポーツオンライン」)と、
おっしゃっるのも当然。
誰にも異論はないでしょう。
もちろん「永久」とはいえ100年後200年後はわからないけれど…。

米朝さんが亡くなった翌日、
長男で弟子の米團治さんらが大阪市内のホテルで会見しました。
印象に残ったのが、最期を看取った弟子のざこばさんの言葉です。

「昨日は、本当に、亡くなるというのは、こういうこと。大往生というのはこういうことだと思いました。師匠、上手に死にはったなあ、よかった、よかった、おつかれさんと思いました」(2015年3月20日「産経WEST」)

滅びかけていた上方落語を復興に尽力し、
落語に生涯をかけて、
人間国宝に認定され、
演芸界初の文化勲章受章者ともなった…。
ざこばさんの言葉を拝聴すると、
さらに亡くなり方まで見事。
落語だけなく、
生きる名人で、いらっしゃった。

僕も馬齢を重ね52歳です。
もう今から、
プロ野球選手とか相撲取りとか、
ノーベル医学賞とかいうのは、
もう考えるのも無駄という以前の話、
カタツムリが時速300キロで走りたいというレベルです。
とはいえ、
機嫌よくは生きていきたい。

そこで、
もちろん米朝さんの域にまでは無理だとしても、
めざすのは勝手だし、
実現不可能とまでは言えない、ような気がします。
日本最後のガラケー利用者になるのと同じくらいの可能性はあると考えましたので、
生きる名人をめざしてみよう…と思いました。

その過程を記録するために、
このブログを開設したわけです。

よろしくお願いします。