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| 『蘆刈・卍(まんじ)』(中公文庫)の表紙 |
谷崎潤一郎(1886-1965年)の『蘆刈』は、
中公文庫にある河野多恵子の解説をそのままに借りれば、
「恋愛成就の困難な女人への谷崎潤一郎の無限の念いを本格的な見事な虚構化によって、そのままに書いたのではとても書き得ない作者自身の現実を真実の極みまで表現した小説なのである」。
河野多恵子は今年1月、88歳で亡くなりました。
『蘆刈』は谷崎の作品のなかでは、
僕が『細雪』の次に好きで、
その次が『猫と庄造とふたりのおんな』です。
「あるとしの九月」に、
神戸の岡本から大阪・三島郡の水無瀬へ、
小説の語り手がひとりで散策と月見に行くところから始まるのが『蘆刈』です。
きょうは、この作品を云々という大それたことをしようというのではなく、
本筋とは関係なく印象に残った部分の、お話です。
初めて読んだのは大学を卒業して就職した年、
ちょうど初任地の神戸で暮らし始める前後だったと記憶しています。
印象に残ったというのは、
“語り手”が水無瀬を散策して、
月の出の前に食事をしたくだりです。
「もとより気の利いた料理屋などのある町でないのは分っていたから一時しのぎに体をぬくめさえすればいいのであるとうどん屋の灯を見つけて酒を二合ばかり飲み狐うどんを二杯たべて出がけにもう一本正宗の壜を罎を熱燗につけさせたのを手に…」
―という部分で、
それがどうした、という方も多いでしょうけど、
僕はこの文章を読むまで、
うどんで酒という発想が全くありませんでした。
日本酒で麺類なら、蕎麦という印象を持っていたんです。
だから新鮮というか、
違和感すら覚えました。
「うどん定食」がある関西で生まれ育ち、
うどんは主食でもあり、
おかずでもあるわけで、
酒との相性なんて考えたこともなかった。
ですから、
東京生まれの谷崎は、
たぶん麺類といえば、
蕎麦だったはず、
ところが関西に移り住むと、
東京ほど蕎麦は美味くない、
そこで、
代替として、
うどんに日本酒という取り合わせになったのだろう…
と勝手に推測しました。
それが当たっているのか、
どうかはわかりませんが、
それから、うどんへの見方が少々、
変わったのは確かです。
グラフィックデザイナーで居酒屋探訪家の太田和彦さんが著書『居酒屋大全』で、
日本三代居酒屋のひとつとした大阪・阿倍野の「明治屋」には、
ちゃんと「細うどん」という酒の肴になるメニューがあって、
初めて見たときには、
『蘆刈』を思いながら、
食べて飲んだ次第です。
「細うどん」の文字が『細雪』にも通じて、
なかなか、しみじみとしたわけです。
そういうときって、
意味なく幸せなんですよね。
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| 阪急梅田駅1番ホームの「阪急そば」の看板 |
落語のネタでも江戸が「時そば」なら、
上方は「時うどん」です。
大阪は、そばよりも、うどんということになっています。
昨日(3日)、大阪・阪急梅田駅のホームで、
看板を見かけました。
もちろん、
これまでも見ていたに違いないのですが、
きのうはちょっと気づいた、
というか気になることがあったんです。。
それが駅の一番東側の1番ホームにある「阪急そば」の看板です。
ちなみに「阪急そば」は、
運営する株式会社阪急・阪神レストランズのwebサイトに、
“「旨い」「早い」「安い」をコンセプトに創業48年を超える駅そばのパイオニア”とあります。
wikipediaによると、
“1967年(昭和42年)に阪急電鉄十三駅構内に関西私鉄で初めての立ち食いそば・うどん店として十三店を開いたのが始まりである”とのこと。
阪急電鉄は関西の企業で大阪に拠点があるんですから、
「阪急うどん」ではダメだったのか…と、
いまさらながら考えたわけです。
“関西私鉄で初めての立ち食いそば・うどん店”ということは、
関西私鉄以外で、
先例があったということなんでしょうね。
鉄道の駅にある立ち喰いそばの店には「駅そば」という呼び方が以前から、
あったそうですから、
やっぱり駅に開設する場合は、
「そば」が当たり前で、
阪急の関係者の中からも、
「駅なんで、そば、ってことで」と、深く考えず、
名前をつけてしまったのかもしれません。
もしかしたら、
名前を決める会議で気の弱い関係者もいて、
「大阪やから、うどんのほうがええのと違うやろか…」と内心、悶々としてたけれど、
「駅」は「そば」という既成の趨勢に流されて、
言い出せなかったのかもしれません。
一方で、
阪急の社員のなかには船場の老舗繊維問屋とかの次男、三男の方がいて、
「立ち食いみたいなもんに『うどん』です、と看板だして、
味に、うるさい大阪の客に『こんなん、大阪で、うどん言われたら、どんならん』と文句いわれたあかんさかい、ここは、もう定着してる『そば』で」という強い意志を持って名づけたのかもしれません。
それはさておき、
この看板、ご覧になっていただいたら一目瞭然、
文字には「そば」という文字しかないのに、
写真はちゃんと「きつねうどん」…大阪でいうところの「けつねうろん」です。
普通、これが印刷物を扱う世界なら、
「うどんという言葉がひとつもないのに、
写真は、うどんっていうのは変でしょう」となるはず。
「どこかに『うどん』という言葉を入れないと、
ミスだと思われます」と、
しつこく主張する方は必ずいる……ような気がします。
しかし、
あんまり違和感は覚えません。
「阪急そば」で、うどんを食べるのは、
当たり前のこととして定着しているからでしょうか。
実際、阪急そばに行くと、
そばよりも、うどんを食べてる客のほうが多い気がしますし、
とはいえ、
巧妙なフェイントみたいな気もするし…。
なんだか腑に落ちず、
あらためて阪急そばのwebサイトの「季節のおすすめメニュー」をみてみると、
2015年5月4日現在、
「鶏五目そば・うどん」「<冷たい>田舎出し汁そば・うどん」「ポテカレーそば・うどん」と、
律儀にそれぞれ「そば・うどん」と併記しています。
しかし、です。
写真はすべて、うどん。
「鶏五目そば」はないわけです。
さらにもっと、
僕を困惑させたのが、
このラインナップ最も目立つ左端にある、
イチオシとみられるメニュー。
それが、
「ピリ辛!冷やしきしめん」…なんです。
そばでも、うどんでもなく、
きしめん…。
どないやねん。
「おみゃーさん、そりゃ、ややこしいてぃかんで」と名古屋弁が出そうになります。
…と書いていると、
無性に阪急そばで、
きつねうどんが食べたくなってきました。
恐るべし「阪急」。