2016-06-18

セコいことばかりをニュースで見るのはダルいけど…。

舛添要一・都知事の問題を取り上げたニューヨーク・タイムズは、この件に絡んで日本では「sekoi(セコい)」という言葉があふれたみたいな記事を電子版に掲載したということをTV番組で知りました。
 僕は「セコい」というのは英語の“secondhand”が語源だと思っていたので、
輸入された言葉がまた輸出された面白い現象だという感想を抱きました。
でも、念のため調べてみると、「世故」という言葉が形容詞になったそうで、 鎌倉時代には用例がみられるそうです。

で、中学か高校のとき、国語の教科書で読んだ、 志賀直哉のエッセー風の掌編「出来事」がアタマに浮かびました。
確か、そのなかでは夏の暑い午後の様子を「ダルな」と表現していて、これが英語の“dull”(鈍い)に由来していると習った記憶があります。
この記憶が確かかどうかは不明なんですけど、少なくとも僕はこれが「ダルい」の語源だと信じていました。
でも、これも改めて調べてみると、江戸時代に「浮世草子」に使用例があるそうなので、日本語のようです。


 以上の件は調べたと言ってもググっただけで、 厳密に鎌倉時代の原典に当たったり、 「浮世草子」で確認したわけではないので、 確実ではありません。

とはいえ、 僕自身は「ダルい」も「セコい」も英語が語源であるという意識で使ってきたのは事実。これを単に勘違いと言っていいのか、どうか。

語源とは次元が違いますけど、 「敷居が高い」を「高級すぎて庶民には利用しにくい」という意味で使う誤用が定着しているように勘違いが慣用的に意識に定着することもあるでしょうし、鎌倉時代や江戸時代の言葉が西洋の言葉の影響を受けていないとも言い切れません。

「祇園祭」が古代イスラエルの「シオン祭」に由来するという説もあるくらいですからね。

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