産経新聞の神戸支局や大阪の社会部、文化部で記者やデスクを経てデジタルメディア担当専門委員としてwebメディア編集長をつとめました。2015年10月から海外向けSP会社の取締役として第2の社会人生活を始めました。趣味はトロンボーン(和名:伸縮自在真鍮製曲金発声器)や落語鑑賞など。ITパスポートと2級FP技能士資格あり。JAZZと落語とコロッケが好き。 和歌山市出身。大阪・千里在住。
2015-06-24
人生は芝居かもしれないけれど
「名言」というものがあります。
「ローマは一日にして成らず(Rome was not built in a day)」は、
その代表格のひとつ。
「千里の道も一歩から(A journey of a thousand miles begins with a single step)」と同じような意味ですよね。
これはどこの誰が行ったかに関係なく、
腑に落ちる真理のような響きがあります。
僕が言っても「そんなことないやろ」なんて言われませんからね。
ただ…
「わかってるんやったら、実践せーや」と思われるだけです。
一方、
このヒトが言うからこそ値打ちがある、という名言もあります。
たとえば、
「私は将来について悩まない。すぐにやって来るから(I never think of the future, it comes soon enough)」※という言葉です。
たぶん、僕が言ったら、
誰も聞いてないか、
聞いていても、
「悩めよ!」って突っ込まれるのがオチなのは明白です。
ところが、
ノーベル賞学者のアルベルト・アインシュタイン(1879~1955年)が言ったといわれると、
なんだか、にわかに真理の光をピカぁ~っと放つような気がします。
「そうなんや。そうかなとは思ってたけど、やっぱりな。ヨメに内緒にしてることがあってバレたら絶対、エラいことになるけど、もう悩まへんで」って気になります。
その通りにしたら何かいいことがある気がしますもんね。
少なくとも徒労はしないほうがいいと信じることができます。
ところで、
「人生は芝居の如し。上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし」という言葉があります。
福沢諭吉(1835~1901年)が言ったとされていて、
慶應義塾の創始者で、お札にもなっているエラいヒトの教えなんだから、
「確かに、そうやな」という気になります。
「何事も一心に」って、
善いことに見えても、
実は社会に害を与えるようなこともあるのに、
それでも?とは指摘しにくい気分になります。
ところが、
日本各地の図書館が利用者からの質問に対して調査した結果を集めている「レファレンス協同データベース」によると、
「福澤諭吉の言葉ではない。なぜ福澤の言葉ということになったのか、本当は誰の言葉なのかは不明である」そうなんです。
「回答プロセス」も公開されていて、
<名言・名句事典、人生訓関連図書、福澤諭吉全集、福澤諭吉の伝記資料にあたった。『人生名言集』『格言の花束』『心に響く名言辞典』に福澤諭吉の言葉として掲載されているが、いずれも出典には触れていない。
名言事典・福澤諭吉の伝記・人生訓の本、いずれも記述なし。
慶應義塾大学メディアセンターに調査依頼をしたところ、同大学内福澤研究センターからの回答ということで、「福澤諭吉の言葉ではない」との情報を得る。
なお、インターネットに『福翁自伝』が出典であるとの情報があり、確認をしたが、該当の文言の発見には至らなかった>
…とのこと。
「備考」として、
<『文明論之概略』(『福澤諭吉全集』 第4巻 p39)に「文明は恰も一大劇場の如く、制度文学商売以下のものは役者の如し。此役者なるもの各得意の芸を奏して一段の所作を勤め、よく劇の趣意に叶ふて真情を写しだし、見物の客をして悦ばしむる者を名けて役者の功なる者とす。」という文がある。似たようなフレーズがあるが、言っていることは全く異なると思われる>
――ともあって、
完膚なきまでに否定されてしまっています。
そうなってくると、
先ほどの「人生は芝居の如し…」という言葉が色あせて見えてきませんか。
なんだか、
結論と前提もつながってないような気もします。
「名言には変わりない」という方もいらっしゃるかもしれませんが、
この言葉に対するイメージは変わったはずです。
教訓めいた言い方になりますけど、
(自戒をこめて)
何か心に響く言葉や、
なるほどと共感する意見があったら、
それは発言した本人を信用しているので、
そう思うのか、
誰が言っても賛同できるのか、
を常に自問しないといけないということですね。
どちらの場合が良いとか悪いという問題じゃないですよ、もちろん。
発言によって自分の行動を決める場合は、
言っている本人への信頼が重要ですし、
言っている本人が好きでも、
間違っていることはあるので、
情況によって、
何を重視するのがベターなのかの選択が必要です。
同じセリフでも、
演じる役者が違えば、
感動も印象も違ってきます。
名役者は、
嘘も真実にする力があることは理解しておいたほうがいいということです。
感動や共感による高揚と、
安酒の酩酊は区別がつきにくい。
二日酔いになっても、
質の悪い成分が原因なのか、
良い酒だったから飲みすぎたのか…。
※ウィキペディア日本語版から
2015-06-23
「観劇三昧」と世界市場
| 戦争で死ねなかったお父さんのために (新潮文庫) |
きょう(2015年6月23日)付の「フジサンケイ ビジネスアイ」によると、
演劇の動画配信サービス「観劇三昧」が会員数を伸ばしているそうです。
提供しているのは大阪市浪速区の「ネクステージ」という会社で、
1カ月980円で約200の舞台を好きなだけパソコンやスマホ、タブレットで見られるということです。
2013年8月にスタートさせて、
当初数人だった利用者は今年4月現在で1981人になったそうです。
収益は動画の再生数に応じて参加する劇団に比例配分。
取り扱う動画は関西の劇団が中心で、
「演劇三昧」のサイトによると、現在63劇団の公演が視聴可能です。
もちろん演劇はナマで観るのが基本でしょうけど、
僕は、この配信サービスはものすごく面白いというか、
今までなかったの?…という思いで関心を持ちました。
「1981人」の利用者が多いか少ないかは別にして、
この配信サービスがプラットホームになって、
ネット向けの演劇も可能だと考えたからです。
たとえば集客が難しい地方の劇団なんかは、
いっそ客席のない舞台で、
ネットに向けてだけ公演してもいいと思いました。
もうね、web上に劇場とか落語の定席とか小屋をつくる感じ。
僕が最も尊敬する演劇人・つかこうへい先生の作品なんて、
時代劇でも登場人物はジャージ姿とか、
ステージの上には机だけとかいうのがありましたけど、
感激しましたもんね。
中味が面白ければ、
どこでも劇場になるわけです。
そういえば、
僕が、つかさんの劇を初めてみたのは中学生のときかな、
確かNHKかなんかの若者向けの番組で、
「戦争で死ねなかったお父さんのために」でした。
ググってみたら、
NHKの「アーカイブス発掘プロジェクト」というサイトによると、
教育テレビの「若い広場」で、
1977年6月に放送されたようです。
スタジオにミニステージを作って、
つかさん演出の芝居(「戦争で死ねなかった…」)をしたそうですから、これだ!
僕は中3か…。
あの舞台もテレビ向けに演出されていたんですね。
僕はあの放送をみて、
演劇っていうのにものすごく興味を持ちましたからね。
ただ、
和歌山の田舎なんで、
当然、つかさんの公演なんかない。
だから、つかさんの本をむさぼるように読みました。
同じ教育テレビで、
「若い広場」の「マイブック」のコーナーで、
つかさんがサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を紹介したら、
すぐに買って読みましたもんね。
で、
大学に入ったら、
京都で小劇場の舞台をけっこう観たし、
大阪で、つか劇団の公演があるといえば行きました。
実際に小劇場の裏方をやったこともあります。
つまり、
テレビが僕の演劇へのとっかかりになったんです。
だから、
ネットで舞台を観て興味を持つ若いヒトもいるはずだし、
演じる側からすれば、
ネット向けに舞台を作り上げる、
ネットに特化した劇団というのもありだと思いますが、
いかがですか?
台本があるから、
外国語に訳して字幕をつけやすいし、
リアルタイムでの配信も可能です。
こう書いても、
誰も、
斬新なアイデアだと思わないですよね。
当たり前に誰でもが考えることですもん。
逆に言えば、
的確なマネジメントと、
面白い芝居があればいい、
というシンプルな話。
発信する場所は問いませんもんね。
「無言劇」にすれば、
どこの国・地域でも楽しめてしまうし…。
ものすごくマイナーなタイプの舞台でも、
世界中の“マニア”が観るようになれば、
けっこうな市場になるはず。
最近、こんなことばかり考えている五十すぎのオッさんって、
どう思います?
ちなみに文章の流れに反映できなかったというか、
しなかったんですけど、
裏を明かすと、
「観劇三昧」のことをビジネスアイで読んで、
まず浮かんだのが、
中学時代にテレビで観た「戦争で死ねなかったお父さんのために」なんです。
あの経験がなければ、
今回の記事に興味を持たなかったかも…。
なんだか不思議なもんですね。
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