| 僕がバイブルとしている本のひとつです |
糸井重里さんが「勝ち負け」について書いています。
劇画家の上村一夫さん(1940~86年)が昔、
“ギターを小脇に抱えて、少し酔った口調で、
「恋愛は勝ち負けじゃありません」と言った”そうなんですね。
それで糸井さんは、
“この「勝ち負けじゃありません」という言葉は、
恋愛ばかりじゃなく、あらゆるものごとに
すべて言えるのではないかということだ”
と考えて、
“生きることなんて、ほんとに、勝ち負けじゃないものな”
と、おっしゃいます。
一時期「勝ち組」とか「負け組」とかいう言葉がよく使われましたけど、
最近あんまり聞かなくなりましたね。
経済誌の見出しなんかで時々眼にする程度かも。
いずれにせよ、
「生きることなんて、ほんとに、勝ち負けじゃない」ですね。
生きることがゲームじゃないからじゃないでしょうか。
ただ、ゲームじゃないけど、
ゲームに必要なルールはある。
これが面白いところですね。
ルールは法律であったり、
宗教上の教義であったり、
組織の規則であったり、
そして友達との約束だったりするわけですね。
勝敗がないのに、
なぜルールあるのか。
それは単に権力者の都合で作られるケースもありますけど、
基本的には、
他人に迷惑をかけたり集団の秩序を見だすとペナルティを科しますよ…ということで、無茶な行動を抑制して、多くの人間が快適に暮らせるようにしようという目的があるんでしょうね。
賭け事には勝敗がつきものですから、
「人生はギャンブルだ」ということを信条にされているヒトがいたとしたら、
その方の人生には勝ち負けがあるのかもしれないけれど、
どの時点で、
勝敗を決するのかがものすごく難しそうです。
自分の葬式に香典が○○円以上集まったら勝ち、
とか?
あっそのときにはもう死んでるから違うか…。
それはさておき、
人生に勝ち負けがないということは、
「引き分け」もないということなんでしょうか。
もしかしたら、
人生は「引き分け」しかないゲームなのかもしれないとも思いました。
だからその道程でのトラブルの合理的な解決策としてルールが必要なんでしょうか。
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