2017-04-03

バイト落ちた。でも日本生きろ!

写真はサンプルです

恥ずかしい。

現在54歳。磯野波平と同い年で、今年9月には55歳になって四捨五入すると還暦。なのに…というか、だから…というか思い切って申し込んだバイトで不採用になりました。

まぁ先方にも色々と事情はあると思うので、固有名詞は差し控えますし、言ってもわからないと思いますけど、落語の定席です。

日本中に落語の定席はたくさんあるような気がしますから、紛らわしくならないためにもう少し詳しく書くと、大阪にあります。

たぶん、それだけでも雲をつかむような…たとえば、大阪にあるコンビニみたいなもんですから、もうちょっとだけサービスして書くと、天満にあります。天満といっても大阪天満宮界隈だけでも8軒の寄席があったそうですから、いくらそれが戦前のことだとしてもわかりにくいですよね。

でもすみません。ここはオトナなので固有名詞は出しません。

2017-03-27

「森友」でかすむ「働き方」

国民的アニメ「サザエさん」で、父親としておなじみの「磯野波平」は54歳という設定だそうです。“同い年”の著名人を現時点で探してみると、ノーベル賞学者で、京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥さんが、そのひとり。ミスター・ラグビーと称された元日本代表監督で、昨年10月に亡くなった平尾誠二さんも存命なら今年1月で54歳です。

高度成長期に幼少期を過ごした「新人類」世代に属する、おふたりの同級生たちが現役で大学に入り順調に卒業していれば、多くは1985(昭和60)年に社会人の仲間入りをしました。


電話とタバコ


戦後40年の、この年は日本電信電話公社と日本専売公社が、それぞれNTT(日本電信電話株式会社)とJT(日本たばこ産業株式会社)となって民営化されたのをはじめ、男女雇用機会均等法が成立、日本航空123便墜落事故がありました。阪神タイガースが21年ぶりのセ・リーグ優勝を果たし日本一になったのも、この年。ちなみに1月には先述の平尾さんを擁する同志社大ラグビー部が史上初の大学選手権3連覇を成し遂げています。

2017-03-26

ふたりのトランプ

DVDを買ってチャールズ・チャップリン(Charles Chaplin,1889~1977年)の「独裁者」(原題「The Great Dictator」)をあらためて観ました。

説明するまでもないくらいに、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler,1889~1945年)の独裁政治を批判したことで有名な米国映画。初公開は1940年9月のニューヨークでした。

チャップリンは独裁者とユダヤ人の散髪屋(床屋)の2役。ちなみにチャップリンの誕生日は4月16日で、同い年のヒトラーが生まれた日(4月20日)と4日しか違いません。

この作品の撮影が第二次世界大戦勃発から2週間後に開始されたことに驚きます。。ウィキペディアによると「チャップリンは後世、自伝においてホロコーストの存在は当時は知っておらず、もしホロコーストの存在などのナチズムの本質的な恐怖を知っていたら、独裁者の映画は作成できなかったかもしれないと述べている」そうです。

僕はチャップリンがタイムマシーンをつかって未来に行ったか、予言能力があったのか、思いました。単に「天才」とは、そういうものなのかもしれませんが…。

2016-12-21

ボブ・ディランと「北帰行」をめぐる探しもの。

ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞が決まったとき、
50歳以上の世代の多くが思い浮かべたのが、
フォーク・ロックグループ「GARO(ガロ)」のヒット曲「学生街の喫茶店」…というような記事を読むか、TVで誰かのコメントを聞くか、した記憶です。

確かに、その世代の僕も、ボブ・ディランという名前を覚えたのは、あの曲がきっかけだったかもしれません。流行ったのは1972(昭和47)年で、僕が小学4年のときでした。

とにかく当時、ヒット曲となれば、テレビ、ラジオ、有線放送で「これでもか」っていうほど、流れていて、だいたい歌詞を見なくても、かなりの人々が歌えてしまうような時代でした。

多くの人々のなかでボブ・ディランが「学生街の喫茶店」とリンクするのも、うなづけます。

でも、今年のノーベル文学賞発表を同賞の公式サイトのライブ中継で見たとき「ボブ・ディラン」と聞いて、「ボブ・ディランっていう名前の詩人か作家もいたんやろか」と思ったあと、アタマをよぎったのは「北帰行」でした。

小林旭(歌手・俳優)らが歌って1961(昭和36)年にヒットした歌じゃなくて小説の方です。

2016-11-28

住太夫師匠の言葉は不器用でも楽しく生きるコツが満載。

大阪市中央公会堂・大集会室=2016年11月24日(大阪市北区中之島)
先週木曜日(2016年11月24日)に、大阪・中之島の中央公会堂・大集会室で開かれた「文楽の夕べ」に行ってきました。

人形浄瑠璃「文楽」の魅力を紹介するイベントです。

文楽が2003年にユネスコの「無形文化遺産」に登録されることが事実上確定した翌年から毎年、開催されているそうで、今回で13回目。
文楽といえば大阪発祥の芸能なのにもかかわらず、主催は東京発祥の日本経済新聞社というのがかたじけない。無料なんです、抽選ですけど。

3部構成で、第1部は人間国宝で文化勲章を受章されている文楽太夫の竹本住太夫師匠と女優の南野陽子さんの対談です。

2014年に引退した住太夫師匠ですが、喘息と風邪の咳は演じ分けないといけないという話題になって、喘息の咳を披露してくださると、完全に会場は文楽ワールドで拍手喝采で、お客さんは大喜びでした。

もちろん壇上の南野陽子さんはまさに輝いて見えたのですが、住太夫師匠の存在感はそれ以上。拝見しているだけで有り難い気分になりました。これは大袈裟ではなく本当なんです。

引退は好きな道だっただけに辛(つら)かったそうです。文楽の義太夫語りは腹から“イキ”を出さないといけなのに、それがままならないようになって、お客さんへの申し訳なさから一線から退くことを決意されたそうです。

「生きるヒント」にできそうな滋味深い言葉もたくさん拝聴しました。