2015-04-29

戦争と『幸福論』


「そんなことは説明されないでもわかっている」

…と声を張り上げて怒る人間も、
たぶん…
いないだろうから書きます。

『幸福論』はフランスの哲学者、アラン(1868-1951年)の著作で、新聞に連載していたプロポ(哲学断章)のうち、
幸福に関する93の文章をまとめたものです。

文章のそれぞれの末尾に日付けが入っているけれど、
それが新聞に掲載された日なのか、
執筆日なのかは、
僕が持っている岩波文庫版(神谷幹夫訳)では不明です。

誰か知っていたら教えてください。

それぞれのプロポが、
時系列に並んでいないので、
ひとつずつ確認したら、
日付けは、1906年8月29日が一番古くて、
1926年12月20日が一番新しい。

つまり第一次世界大戦(1914-1918年)を挟んだ期間の著述となります。

そのなかで筆頭に収められているのが、
1922年12月8日の日付けがある、
「名馬ブケファラス」です。

マケドニア王アレクサンドロス三世(紀元前356-323年)に贈られた荒馬のエピソードなどをもとに「恐怖」についての思索が表現されています。

まったく危険のないものでも不意をつかれると怯えてしまうことや、
他人のいらだちの理由は意外に単純なことで、
その原因を取り除けば、いらだちも簡単に解消することを説明して、
「一九一四年の不幸(第一次世界大戦)」に言及しています。

その不幸は「要人たちがみんな、不意打ちをくらったことから生まれたのだ」「人間が怖がると、怒りは遠からず起こる」「興奮するとすぐにいらだつ」「休息している時から、突然よびもどされるのは好ましい状況ではない」「そういう時はよく気分が変わる」「寝ていて不意に起こされた時のように、目が覚めすぎてしまうのだ」と述べています。

wikipediaによると、
「第一次世界大戦が始まると46歳で自ら願い出て志願兵となり、戦争の愚劣さを体験するために好んで危険な前線に従軍した」とありますから、
「不幸」は痛感していたのでしょう。

結局「不幸」の教訓は生かされなかったわけですが、
その次の「不幸」の教訓は今のところ生かされていると言ってよいかもしれません。

しかし、油断は禁物。

国内外ともに、
不意打ちくらって、
怖がり怒るような「要人」には注意しないといけませんね。

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