2015-06-24

人生は芝居かもしれないけれど


「名言」というものがあります。

「ローマは一日にして成らず(Rome was not built in a day)」は、
その代表格のひとつ。

「千里の道も一歩から(A journey of a thousand miles begins with a single step)」と同じような意味ですよね。

これはどこの誰が行ったかに関係なく、
腑に落ちる真理のような響きがあります。
僕が言っても「そんなことないやろ」なんて言われませんからね。

ただ…
「わかってるんやったら、実践せーや」と思われるだけです。

一方、
このヒトが言うからこそ値打ちがある、という名言もあります。
たとえば、
「私は将来について悩まない。すぐにやって来るから(I never think of the future, it comes soon enough)」※という言葉です。

たぶん、僕が言ったら、
誰も聞いてないか、
聞いていても、
「悩めよ!」って突っ込まれるのがオチなのは明白です。

ところが、
ノーベル賞学者のアルベルト・アインシュタイン(1879~1955年)が言ったといわれると、
なんだか、にわかに真理の光をピカぁ~っと放つような気がします。
「そうなんや。そうかなとは思ってたけど、やっぱりな。ヨメに内緒にしてることがあってバレたら絶対、エラいことになるけど、もう悩まへんで」って気になります。
その通りにしたら何かいいことがある気がしますもんね。
少なくとも徒労はしないほうがいいと信じることができます。

ところで、
「人生は芝居の如し。上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし」という言葉があります。

福沢諭吉(1835~1901年)が言ったとされていて、
慶應義塾の創始者で、お札にもなっているエラいヒトの教えなんだから、
「確かに、そうやな」という気になります。
「何事も一心に」って、
善いことに見えても、
実は社会に害を与えるようなこともあるのに、
それでも?とは指摘しにくい気分になります。

ところが、
日本各地の図書館が利用者からの質問に対して調査した結果を集めている「レファレンス協同データベース」によると、

「福澤諭吉の言葉ではない。なぜ福澤の言葉ということになったのか、本当は誰の言葉なのかは不明である」そうなんです。

「回答プロセス」も公開されていて、

<名言・名句事典、人生訓関連図書、福澤諭吉全集、福澤諭吉の伝記資料にあたった。『人生名言集』『格言の花束』『心に響く名言辞典』に福澤諭吉の言葉として掲載されているが、いずれも出典には触れていない。

名言事典・福澤諭吉の伝記・人生訓の本、いずれも記述なし。

慶應義塾大学メディアセンターに調査依頼をしたところ、同大学内福澤研究センターからの回答ということで、「福澤諭吉の言葉ではない」との情報を得る。

なお、インターネットに『福翁自伝』が出典であるとの情報があり、確認をしたが、該当の文言の発見には至らなかった>

…とのこと。

「備考」として、

<『文明論之概略』(『福澤諭吉全集』 第4巻 p39)に「文明は恰も一大劇場の如く、制度文学商売以下のものは役者の如し。此役者なるもの各得意の芸を奏して一段の所作を勤め、よく劇の趣意に叶ふて真情を写しだし、見物の客をして悦ばしむる者を名けて役者の功なる者とす。」という文がある。似たようなフレーズがあるが、言っていることは全く異なると思われる>

――ともあって、
完膚なきまでに否定されてしまっています。

そうなってくると、
先ほどの「人生は芝居の如し…」という言葉が色あせて見えてきませんか。

なんだか、
結論と前提もつながってないような気もします。

「名言には変わりない」という方もいらっしゃるかもしれませんが、
この言葉に対するイメージは変わったはずです。

教訓めいた言い方になりますけど、
(自戒をこめて)
何か心に響く言葉や、
なるほどと共感する意見があったら、
それは発言した本人を信用しているので、
そう思うのか、
誰が言っても賛同できるのか、
を常に自問しないといけないということですね。

どちらの場合が良いとか悪いという問題じゃないですよ、もちろん。
発言によって自分の行動を決める場合は、
言っている本人への信頼が重要ですし、
言っている本人が好きでも、
間違っていることはあるので、
情況によって、
何を重視するのがベターなのかの選択が必要です。

同じセリフでも、
演じる役者が違えば、
感動も印象も違ってきます。

名役者は、
嘘も真実にする力があることは理解しておいたほうがいいということです。

感動や共感による高揚と、
安酒の酩酊は区別がつきにくい。
二日酔いになっても、
質の悪い成分が原因なのか、
良い酒だったから飲みすぎたのか…。

※ウィキペディア日本語版から

2015-06-23

「観劇三昧」と世界市場

戦争で死ねなかったお父さんのために (新潮文庫)

きょう(2015年6月23日)付の「フジサンケイ ビジネスアイ」によると、
演劇の動画配信サービス「観劇三昧」が会員数を伸ばしているそうです。

提供しているのは大阪市浪速区の「ネクステージ」という会社で、
1カ月980円で約200の舞台を好きなだけパソコンやスマホ、タブレットで見られるということです。

2013年8月にスタートさせて、
当初数人だった利用者は今年4月現在で1981人になったそうです。
収益は動画の再生数に応じて参加する劇団に比例配分。
取り扱う動画は関西の劇団が中心で、
「演劇三昧」のサイトによると、現在63劇団の公演が視聴可能です。

もちろん演劇はナマで観るのが基本でしょうけど、
僕は、この配信サービスはものすごく面白いというか、
今までなかったの?…という思いで関心を持ちました。

「1981人」の利用者が多いか少ないかは別にして、
この配信サービスがプラットホームになって、
ネット向けの演劇も可能だと考えたからです。

たとえば集客が難しい地方の劇団なんかは、
いっそ客席のない舞台で、
ネットに向けてだけ公演してもいいと思いました。

もうね、web上に劇場とか落語の定席とか小屋をつくる感じ。

僕が最も尊敬する演劇人・つかこうへい先生の作品なんて、
時代劇でも登場人物はジャージ姿とか、
ステージの上には机だけとかいうのがありましたけど、
感激しましたもんね。

中味が面白ければ、
どこでも劇場になるわけです。

そういえば、
僕が、つかさんの劇を初めてみたのは中学生のときかな、
確かNHKかなんかの若者向けの番組で、
「戦争で死ねなかったお父さんのために」でした。

ググってみたら、
NHKの「アーカイブス発掘プロジェクト」というサイトによると、
教育テレビの「若い広場」で、
1977年6月に放送されたようです。
スタジオにミニステージを作って、
つかさん演出の芝居(「戦争で死ねなかった…」)をしたそうですから、これだ!

僕は中3か…。

あの舞台もテレビ向けに演出されていたんですね。

僕はあの放送をみて、
演劇っていうのにものすごく興味を持ちましたからね。

ただ、
和歌山の田舎なんで、
当然、つかさんの公演なんかない。

だから、つかさんの本をむさぼるように読みました。
同じ教育テレビで、
「若い広場」の「マイブック」のコーナーで、
つかさんがサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を紹介したら、
すぐに買って読みましたもんね。

で、
大学に入ったら、
京都で小劇場の舞台をけっこう観たし、
大阪で、つか劇団の公演があるといえば行きました。
実際に小劇場の裏方をやったこともあります。

つまり、
テレビが僕の演劇へのとっかかりになったんです。

だから、
ネットで舞台を観て興味を持つ若いヒトもいるはずだし、
演じる側からすれば、
ネット向けに舞台を作り上げる、
ネットに特化した劇団というのもありだと思いますが、
いかがですか?

台本があるから、
外国語に訳して字幕をつけやすいし、
リアルタイムでの配信も可能です。

こう書いても、
誰も、
斬新なアイデアだと思わないですよね。
当たり前に誰でもが考えることですもん。

逆に言えば、
的確なマネジメントと、
面白い芝居があればいい、
というシンプルな話。

発信する場所は問いませんもんね。
「無言劇」にすれば、
どこの国・地域でも楽しめてしまうし…。

ものすごくマイナーなタイプの舞台でも、
世界中の“マニア”が観るようになれば、
けっこうな市場になるはず。

最近、こんなことばかり考えている五十すぎのオッさんって、
どう思います?

ちなみに文章の流れに反映できなかったというか、
しなかったんですけど、
裏を明かすと、
「観劇三昧」のことをビジネスアイで読んで、
まず浮かんだのが、
中学時代にテレビで観た「戦争で死ねなかったお父さんのために」なんです。
あの経験がなければ、
今回の記事に興味を持たなかったかも…。

なんだか不思議なもんですね。

2015-06-22

夏至のタコ

タコさんウィンナーはやはり赤いソーセージでないとね。
(clipart by illpop.com)

一年の間に嬉しい日とか、
嫌な日などはありませんか?

僕はあります。

嫌な日の筆頭は「梅雨入り」で、
その次がきょう…。
「夏至」です。

一年で一番日照時間が長い日…。
つまり翌日からは徐々に、
昼が短くなっていく、
なんだかせっかく積み上げてきたものが減る気分です。

とにかく昼間が長いのが好きなんです。

そういう意味で、
翌日から昼間が長くなっていく、
「冬至」は好きな日の代表ですね、僕にとって。
何か希望が湧きます。

だからせっかく、
日脚が延びてきたのに、
冬至の日から、
コツコツと畳ひとめずつ頑張ってきたのに、
夏至で行き止まりという感じ。

またトボトボと暗い方に向かってかえっていくような雰囲気です。

でもね、
不思議なもんで、
それは、当日だけなんすね。

まず梅雨が気になるし、
梅雨が開けたら、
暑くて早く涼しくならないかなぁなんて秋を待ち焦がれて、
勝手なもんです。

気がついたら、
ずいぶん日が短くなって冷えるなぁと感じたころには、
冬至で嬉しくなってしまうんですから。

ちなみに冬至にはカボチャですけど、
夏至はと思ってググったら、
いくつかのサイトで、
関西ではタコを食べる習慣があると書いてあるのを見つけました。
サイトによっては「大阪の一部」という説明もありますが、
まったく初耳でした。

稲がタコのようにしっかりと根を張って
たくさんコメがを収穫できますようにという願いがこもっているらしんですけど、
イイダコのコメ粒のようなタマゴも関係あるのかしらん。

タコの足とイネの根のイメージが重ならないんだけど、
米という漢字が「八」と「十」と「八」からできているので、
タコの8本足も関係あるのかもしれません。
でも「十」もあるから、
10本足のイカの立場はどうなるんだってるんだろう。
「忘れてな~い」ってイカが気を悪くしないかしらん。

いずれにせよ、
まだ陽が差している夕方の時間帯に、
タコの刺し身を肴に、
冷酒なんかを飲んだら、
こたえられない気はします。

でも、
夏至にはタコを食べるという習慣がある程度、
定着していれば、
タコ焼き屋さんが書き入れ時になって、
「夏至にはタコ焼きやでぇ!」という空気になりそうなもんですけど、
タコ焼きは関西ではあまりに日常の食べ物になりすぎているんで、
特別感がなさすぎるのか?

いずれにせよ、
強引に、
突然ですが、
タコって掃除が丁寧そうですね。

だって、
墨(隅)を吐(掃)きます。

失礼しましたっ!

2015-06-21

機嫌の良い一日

「インデアンカレー」の紙ナプキンです

照る日曇る日とか、
いろんな日がありますね。
誕生日給料日…。

アカイヒアオイヒ…。

それはさておき、
きょう日曜日は特に良いこともなかったのですが、
悪いこともなく、
まぁまぁの一日。
まだきょうが終わっていないので、
これからどうなるかはわかりませんけどね。
「つつがなく」というのは、
こういう日のためにあるのかもしれません。

いつものように朝5時前に、
雷蔵くん(ネコ、サバトラ、♂、2歳)と、
球太郎くん(ネコ、シロキジ、♂、1歳、愛称:Qちゃん)が、
「お腹すいたぁ」という感じで、
耳元で「ミャァミャぁ」鳴いたり、
足の指を噛んできたりするので、
起きました。

エサをあげると、
雷ちゃんとQちゃんが、
ベランダ(正確にはバルコニーというらしい)とリビングをへだてる網戸の前に並んで、
今度は「出して出して」という感じで、
「フニャぁフニャぁ」。
これもいつものことで、
朝ごはんを食べると、
ベランダに出て散歩したり、
ぼーっとしたりするのが2匹の日課のようになっています。

それから3、40分ほど新聞を読んでから、
2時間半ほど仕事をしました。

朝ごはんは、
前日、京都で買った志津屋の「カルネ」。
丸いアンパンのようなフランスパンに、
ハムとオニオンスライスをはさんだだけのシンプルなサンドウィッチなんですけど、
これが美味い。
ハムと玉ねぎの味とパンの食感が折り重なって何ともいえません。

そのままでもいいんですけど、
今朝はオーブンで軽く焼いていただきまして、
これもまたイケます。
志津屋って京都市内ではよく見かけますけど、
京都以外では、大阪・枚方の京阪くずは駅ビルにしかありません。
大阪に住むものにとっては、
こんな希少性も味のうちなのかもしれません。

それから洗濯をして、
トロンボーンの練習をすると、
もう昼時でした。

「さて何を食べようかな」という話です。

なんだか理由もなくカレーライスが食べたくなったんですね。
それも、
「インデアンカレー」でないとダメという気分。
ちなみに「インディアン」でなく、
「インデアン」です。

このカレーもファンが多いのですけど、
志津屋が京都に集中しているように、
インデアンも大阪に7店舗があって、
大阪以外では兵庫の芦屋に1店、
東京の丸の内に1軒あるだけ。

で、
地下鉄堺筋線の長堀橋まで電車に乗っていって、
地下街「クリスタ長堀」のインデアンカレー長堀店に行ったわけです。

ごはんは大盛りで、
生たまごをつけてもらって、
キャベツのピクルスも大盛り。

食べた方はご存じでしょうが、
牛肉なんかのエキスの甘みが来たかと思うと、
そのあとに深みのある辛味がグゥ~んときます。
最初は単純な味のようにも感じるですけど、
食べるほどに、
いろんな味が広がって、
そこに生たまご、ピクルスの味が絡まって、
食べてる途中から、
「次はいつ来ようかな」と思案するほど。

地上に出て、
堺筋をぶらぶらと天満方面へ北上します。
朝は雨がパラついたのに、
梅雨ではないような気持ちの良いサラッとした天気。

途中でコーヒーを飲んで、
北浜から難波橋をわたって、
土佐堀川、中之島、堂島川を越えて、
天満へ。

天神橋筋商店街の南端からアーケードを入ります。
和装品屋さんで、
ハンカチに使える唐草模様や千鳥柄の手ぬぐいがあったので買おうと店に入ったら、
店のオバちゃんが、
「きょうはまだ勝ってるで」。
これは大阪ではあいさつ代わりで、
翻訳すると、
「阪神タイガースのゲームのテレビ中継を見てるのですが、
今、タイガースがリードしています」となります。
ですから、
こちらの方は、
「何点?」と聞きます。
「1-0」だとおっしゃるうので、
「そんなん勝ってるうちに入れへんやん」と手ぬぐい2枚分のお金を払いました。

で、この日本で一番長いという商店街のアーケードを北端まで歩いて、
天神橋筋六丁目駅のホームに降りたら、
ちょうど来たのが「北千里」行き。
阪急千里線沿線にお住まいの方にはわかると思いますけど、
天六の次の次の淡路駅で、
千里線と京都線に分かれていますから、
「高槻市」行きとか「準急河原町」行きとかだと、
淡路で乗り換えないといけなんです。
だから「北千里」という行き先表示をみると、
心のなかでガッツポーズをします。
京都線は「本線」なので、
特急とかありとあらゆるバリエーションがあるのですが、
千里線は上下の線路が並行して1組ずつ並んだだけの支線みたいなもんですから、
各停だけ。
“直通”がくると少しく嬉しいんですね。

街中の鉄道ですから、
1時間に何本もありますし、
そんなに影響はありません。

淡路で乗り換えるかどうかだけ…。
でも僕みたいな小市民には、
なんだか得したような気がするんです。

そういう意味では、
「高槻市」行きとかは、ちょっとがっかりするし、
軽く敗北感を覚えます。
それに、
天六より南の駅なんかでは、
「天六止まり」というどうしょうもない電車がくることがあります。
天六で、
北千里行きに連絡しているわけではなく、
天六で車庫に入ってしまうのでございます。
もうひと息で“地上”というところで、です。
結局、次の電車に乗っても僕の家の最寄りの終点の北千里に着くのは一緒。

だから、
僕の場合、
会社の帰りに、
「きょうは飲んで帰ろうかな、どうしょうかな」と悩んでいるときは、
北千里行きが来たら、
そのまま飲まずにそのまま帰る、
そうでなければ、
天六の手前の扇町か南森町か北浜で降りて飲みます、はい。

…とまぁ家に帰りついて、
ホッとしていると、
急に曇って、
大粒の雨がザァーっ!

もう少し遅ければ、
雨に遭うところでした。

…というわけで、
つつがなく、
良い一日だった次第で、
こんなことをブログに書くのもたまにはいいかも、
と思いました。

では、
これから晩ごはんです。

2015-06-20

予防策と解決策は違います

“苦心して学徳をつみかさねた人たちは 「世の燈明」と仰がれて光りかがやきながら、 
闇の世にぼそぼそとお伽ばなしをしたばかりで、 
夜も明けやらぬに早や燃えつきてしまった”
オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』(小川亮作訳/岩波文庫)から

とにかく不安をあおったり、
けし粒のような心配のタネをバスケットボールほどに拡大したりして、
それがいかに正しい警鐘であるかを叫ぶ人種がいますよね。

経済学者なんて、
その筆頭かもしれません。

ものすごく涼しそうな顔をして、
他人事のように悲観したり、
楽観したり…。

たとえば、
ある一つの問題が「A」か「B」、
いずれかの結果になることが予想された場合、
それぞれの帰結を推察する2つの陣営が喧々諤々の議論をします。
この両者は対等に見えますけど、
そうじゃないですよね。
悲観的な予想をするほうが有利です。

なぜなら、
楽観的な見解や変化なしという予想は、
その通りになっても、
あまり評価されません。

でも、
「悲劇」の予言が的中すると、
「あぁ、すごい!」となり注目が集まることは容易に想像できますよね。

あんまり繰り返しすぎると、
「オオカミ少年」とみなされて、
相手にされなくなりそうですけど、
結果がどうであれ、
責任を取らされることがないと、
意見を主張できる土俵からは撤退しないので、
とにかく小声でも、
悲観的なことを言い続けるのが得策になります。

すると、
どうなるか…。
まぐれ当たりというのがありますよね。
そうなると、
それまでの当たり外れの確率は無視されて、
「予言」が脚光を浴びることになります。

…と、考えれば、わかりやすい。

でも、
何だか違和感を覚えませんか。

僕は覚えます。

その理由を探ってみたら、
巷の投資セミナーなんかの博打のようなケースを別にすれば、
最悪の「悲劇」って、
ほとんど起こらないし、
起こっても、その被害が甚大であったとしても、
それに起因する痛みに関係のない人々には、
「悲劇」はなかったも同然だからです。

「悲劇」の予想に共感していた人々は「それ見たことか」と、
「楽観」予測派を攻撃しますし、
予想した本人をリスペクトして、
さらなる「予言」を求めます。

それはそれで「悲劇」を予想したヒトのメリットにはなるんですけど、
「悲劇」は起こってしまえば、
処理や解決をしないといけない。
でも、
「悲劇」を予想した人間は「解決策」まで持っていないことが多いのが現実です。
「予防策」は持っているかもしれないけれど、
それは「悲劇」のあとでは「解決策」にならない。

ただ「予防策」を「解決策」と混同する人々は必ずいて、
解決のために予防を主張する声が必ず出てきます。
それは過ちを繰り返さないということには効果的かもしれないけれど、
拘泥しすぎると、
直面する問題の解決の妨害にもなりかねない。

さらに深刻なのは、
問題の解決が放置されると、
象徴化して、
過剰な「予防策」が支持を集めます。

なぜなら、
「悲劇」の影響への脅威が多くの人々に拡大していくからです。

たぶん、そんなときに、
過激な「予防策」を「解決策」のように提示できる人間が現れれば、
その人物は独裁者になることができるのでしょう。

何が言いたいのか…。

水が高きから低きに流れるように、
必ず訪れる「悲劇」に対しては、
影響を最小限に抑えるために、
まず現在、できることを着実にしなければならないということです。

たとえば、
高齢化や少子化の進展に伴う社会保障費の増大による国の財政の悪化。
バカみたいなインフレが起これば、
数字的には解決するんでしょうけど…。
それは回避しなければならない。
そのためには、
増大していく医療費を抑制するのがかなり効果的です。
2000年代の当初は、
医療関係者からは、
「日本の医療費は公共事業支出に比べれば小さい」という指摘がありました。
しかし、
一般会計ベースで、
歳出を見てみると、
2001年度は公共事業が12%を占めていたのに、
2013年度は6%です。
一方、社会保障関係費は21%から31%に増大。
金額ベースでみれば、
17・6兆円から29・1兆円となり、
このなかで一番増加率の高いのが、
3・7兆円から7・3兆円になった医療費です。

医師不足も叫ばれていますから、
まず、病院に行く回数や投薬量が減るような施策が急務です。
もう何年も同じ薬を飲み続けているのなら、
処方に必要な診察を減らすとか、
コストの低い代替医療の活用など、
とにかく病院へ行く回数が減るようにして、
薬も減らす。
できることはいくらでもあります。
それを阻んでいるのは何なのか。
海外の医療実態とも比較して、
すぐにできることはたくさんあります。