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2015-11-28

『ニュー・トロンボーン』はジャケットだけでも若者に贈りたい

前回(2015年11月27日)に続いて今回もカーティス・フラーのアルバムです。

1957年に録音された『ニュー・トロンボーン(NEW TROMBONE)』はフラーのリーダーデビュー作。

ハード・バップの最盛期に登場し、その前のビ・バップ時代云々という講釈は専門家に任せておいて…。何よりジャケットがいいですね。

田舎の駅のホームに立つ楽器ケースを持つフラー…。いかにもこれからジャズシーンに向かっていくぜ!って感じがなんともいえず、これから新しい世界での活躍をめざす若者に、このジャケット写真でもプレゼントしたくなるほどです。もらったほうは別に嬉しくないような気もしますけれどね、中に餞別でもはさんでおけば受け取ってはくれるでしょう。
フラーは1934年生まれで、今も(たぶん)現役でライブを続けているはず。

2015-11-27

『ブルースエット』は、どこが「女」なのか。

「でもとにかく、A面の一曲めに『ファイブスポット・アフターダーク』っていう曲が入っていて、これが ひしひし ( ・・・・ ) といいんだ。トロンボーンを吹いてるのがカーティス・フラーだ。初めて聴いたとき、両方の目からうろこがぽろぽろ落ちるような気がしたね。そうだ、これが僕の楽器だって思った」=村上春樹著『アフターダーク』(講談社文庫)
僕は「トロンボーン奏者が出てくる村上春樹の小説がある」と聞いて『アフターダーク』を読みました。

トロンボーンを始めた直後ですから2006年の10月くらいだったはずです。で、『ファイブスポット・アフターダーク』が収録されている『ブルースエット』を買いました。もちろんレコードではなくてCDなのでA面もB面もありません。


目からうろこが…というようなことはなくて、出だしのベニー・ゴルソンのテナーサックスと、トロンボーンの音の区別がつかなかったくらいの時期でした。

2015-06-10

バルブという蹉跌

ザ・デュアル・ロール・オブ・ボブ・ブルックマイヤー
とうとうやっちまっった…。
心配はしていたんです。


一線を越えてしまった…かも…。

僕はですね。
スライド管があって、
伸縮自在なのがトロンボーンの神髄だと思っています。
伸び縮みしないものは、
トロンボーンじゃないというのは教義だと考えるほどの、
「伸縮自在教」の信者だと自認しています。

だから、
ピストンバルブがついて、
スライドが伸び縮みしない、
バルブトロンボーンなんていうのは、
邪道の極み!
「テナーバス・トランペットと名乗りなさい」という感じで指をさして、
トロンボーンの王国からの追放を宣言したいほどでした。

「でした」と、過去形になるのは、
その教義を守らず、
ついに異端の道に足を踏み入れてしまったからです。

あれほど、
目をそむけていたボブ・ブルックマイヤー(Bob Brookmeyer)=1929~2011年=のCDアルバムを買ってしまったのです。ブルックマイヤーといえば、
バルブトロンボーン。
ジャズでバルブといえば
ブルックマイヤーという感じでしょうか。

場所は大阪・日本橋のディスクピア…。
仕事からの帰りでした。
魔がさしたというのか、
気がついたらレジで「ザ・デュアル・ロール・オブ・ボブ・ブルックマイヤー(The Dual Role of Bob Brookmeyer)」を手にしていました。

たとえば、ジャズトロンボーンのジャイアンツの代名詞のひとりとも言えるJ・J・ジョンソン(1924~2001年)なんて、
スライドさばきが速くて、
アルバムのジャケットにわざわざ「バルブトロンボーンじゃありません」と但し書きがあったほど。

ハンディキャップともいえる、
伸び縮みを克服、
スピード感もアピールして
生き残り、
一音一音を切らないグリッサンド演奏では管楽器の頂点に君臨してきたわけですよ。

僕みたいなトロンボーン信者にとっては、
伸縮するスライドは教義のシンボルなわけです。

そもそも僕はF管がついてレバーで息の通り道を変えられるテナーバスや、
ロータリーバルブなんかがついたバストロンボーンですら、
“純血”のトロンボーンじゃないのでは、と考えるときがあるほどの人間です。
シンプルさを極めたテナートロンボーンが楽器のなかで一番美しいと信じて疑わない人間です。

しかし、
意識のどこかで、
隠蔽された欲望のように、
バルブトロンボーンという異端への興味が息を潜めていたんでしょうね。

それがきょうの梅雨の晴れ間の開放的な空気のなかで、
するスルっと、
ちょっと油断した隙に、

漏れだしてしまった。

ディスクピアのことはほとんど記憶にありません。

「1944円です」と店員さんに言われて、
我に返りました。
老眼のせいで、
「税込み1800円」が、
「1000円」に見えていたことに、
そのときにやっと気づいたほどだったのです。

たぶん何かが僕に憑依していたのです。

CDが入った鞄を隠すように家に帰り、
震える手で、

パンドラの箱をあけるかのごとく、
CDをプレーヤーにセットしました…。

1954年と55年の録音ですけど、
ジャケットの、その数字が見間違いかもと思って見なおしたほどでした。

1950年代といえば、スィングに対抗するかたちで勃興したビバップから、クール・ジャズ、ウエストコースト・ジャズ、ハード・バップが登場したいわゆるモダン・ジャズの流れができる過渡期です。

現代のジャズの典型的なイメージの曲の勃興期ですけど、
抑制の効いたコンテンポラリー性っていうのか、
前衛的な感じと、
ポピュラーな空気が絶妙です。

ファンが多いはずですね。

とはいえ、
バルブトロンボーンをトロンボーン族だと、
認めたわけではありません。

ただ、音だけ聴くと完全にトロンボーン。
これを偽装とみるか、
自然に受け容れるか…。

とりあえず、
あれはバルブトロンボーンという種類楽器だということにしておいて、
トロンボーンかどうかは検討のため保留します。

やはり状況に応じて教義の解釈も状況に合うようにしていかないといけないのかも。

まぁ、同じ「金管族」だというところまでは間違いはないのだけど。