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2018-10-01

第2の社会人生活も4年目に入って

球太郎(♂、2014年4月生まれ)
昨日(9月30日)で、新聞社を辞めてから丸3年、きょう(10月1日)から第2の社会人生活4年目に入った。

ついでに9月28日で56歳になってしまった。

あらためて時間ってボーッとしているだけでも過ぎていくことを実感…。

思えば、56年間、ズーっとボーッとしていたことに気づいた。

とくに新聞社を辞めてからは「ボーッと度」が増したが、3年間は真剣にボーッと過ごすつもりだったのに、意志薄弱なうえ目先のカネを追ったり、取材生活が恋しくなったりして去年4月からは中途半端に働いてライター兼エディターとして副業まで始めてしまった。ちゃんとボーッとすることさえできないことに愕然としている。

それはさておき、この3年間で、それまでと何が変わったか、あらためて考えてみると…。

特筆すべきことは思い浮かばない。

劇的に変わったことなんて何もないのだ。

2015-10-20

退職後に変わったこと(3)「嘘」について…

「嘘も方便」っていうのは真理なのかもしれないけれど、危険な言葉だと思います。

「思想」や「主義」「理想」「信仰」にもとづく結果に至るためには「嘘」をついてもかまわない…なんていう考えは、その最たるものだ、と、僕は信じています。

それを前置きにして僕の経験を語ってみます。

駆け出し記者時代のことです。支局で先輩ふたりが言い争っていました。

特ダネ・独自ダネを掴んでキャップやデスクに報告するときに、そのネタ元も伝えるべきかどうか…。

ひとりは、伝えるべきだ、という意見です。
そうでないと、それを紙面化するかどうか判断ができない場合があるし、ネタ元を直属の上司に明らかにするのは当たり前だ、という主張でした。

一方は、社内から社外にネタ元がバレる恐れがあるので、報告するすべきではない…と反論していました。

その議論は、さまざまな具体的な事例も交えて延々と続いて、当然のことながら結論は出ませんでした。

両方の意見はもっともです。
で、僕はどうしたか…。

2015-10-04

退職後に変わったこと(1)

産経新聞社を退職して、
きょう(2015年10月4日)で4日目です。
まだ、あんまり変わったことはないのですけど、
またスマホを使い始めました。

以前「iPhone(アイフォーン)3GS」とガラケーの併用をしていたこともあったけど、
仕事の利便性の関係で、
iPhpneがiPad、ASUS(エイスース)のアンドロイドタブレット、SurfacePro3(サーフェスプロスリー)に変わってきていました。
通信はポケットWi-Fiを介していたのですが、
やはり使うたびにスイッチをONにするのが面倒なこともありましたし、
カバンに入れて

持って歩くにはタブレットも少々重いときがあります。
身軽にするためにネットやメールチェック用のスマホを探していて見つけたのがTUTAYA(ツタヤ)の「TONE」です。
裏(?)はこんな感じ

2015-10-02

退社に当たっての悩み

写真(1)
新聞社を辞める前に悩んだことがいくつかありました。
そのなかでも大きな比重を占めたのが「メモ」問題です。
もちろん、某国の陰謀を記した極秘メモを扱いをどうするか、
といったことではなくて、
ふだん取材のときに「腹へった」とか「○○さんはカツラ」とか「へのへのもへじ」とか書いていたメモです。

ノートを使う場合が多いんですけど、
歩きながら聞いている話を記録したり、
「あしたのランチはインデアンカレー。ごはんとピクルス大盛り、生卵つき」「テッペンハゲタカ!」などといった急に思いついたことを書いたりするのにはやはりサイズの小さいのが便利です。
そんな用途に、
僕が就職して使い続けてきたのが、
「大福帳」とも言われる会社支給のメモです=写真(1)。

2015-10-01

30年勤めた産経新聞社を離れまして

2015年9月30日、大阪市浪速区
節目とも言えますから、
とりあえず書いておく必要があるような気がします。
昨日(2015年9月30日)をもって、
1985年4月以来、30年6カ月にわたって在籍した産経新聞社から退職しました。
本日(同年10月1日)からの詳細は後日に譲るとして、
第2の社会人生活のスタートはなかなか気が引き締まる思いでしたよ、はい。
緊張感なのか、
集中力が増したのか…。
燃えるゴミを出すのを忘れるし、
昼ごはんさえ食べるのを忘れてました。