場所や時間の制約から解放されて働くことのようです。
もう死語…というか、イケてない自称クリエイターを嗤(わら)う差別語的な扱いになった観もある「ノマド」ワークも、その一種なのかしらん。
とはいえ、リモートワークだって「ノマド」と同じ道をたどる可能性は否定できません。
リモートワークは一般用語だと言っても「派遣社員」の例もありますからね。
一時はテレビドラマのタイトルにもなる勢いだったのに…。
安泰な仕事なし
リモートワークっていっても企業や組織側から見て、光熱費や事務用品が自前で、通勤手当(交通費)を払わなくていい低コストの働き手にされるんならば、主婦の内職と一緒なわけです。
もちろん主婦の内職も立派なリモートワークのひとつには違いありませんけど、「主婦の内職と一緒」と言われて気分を害されたリモートワーカーの方は少なくないはずです。
ところで、野村総合研究所が12月2日にイギリスのオックスフォード大の研究者と共同で行った研究結果を発表しましたよね。
10年後から20年後に66%以上の高い確率で人工知能や機械で代替可能とされた職業は235種類。今、国内でこれらの仕事に就いている人は約2500万人、就業者全体の49%に上る…という、あのニュースです。
医師などの専門職の他、アートディレクターなどクリエイティブな仕事も代替されないとみられていますが、どうなんでしょう。
「Impress Watch」によれば、初心者向けの小説創作支援ソフトウェアも開発されたという時代ですから、今後はデザイン、プログラミングなどといった仕事も安泰とは言えません。
現在リモートワーク化されている専門性の高い仕事だって、技能として陳腐化する可能性はありますし、もし、そうでなくても体力のある若い世代に仕事を持っていかれるのは普通に考えないといけませんよね。
少子高齢化といっても世界全体をみれば、今後のさらなるグローバル化で発展途上国を中心に多くの若い人材が供給されるのは間違いありません。
リモートワークには国境がないですからね。
リモートワークのサスティナビリティ
だから状況が変わっても大丈夫なようにリモートワーカーとしての自分のサスティナビリティ(持続可能性)を高めるのは必須だということになります。
正社員でリモートワークをする場合だって一緒ですよね。
いくら専門性が高い能力でも、せいぜい時代の技術についていってる程度ではリストラの対象になるか、賃金が右肩下がりになるのは確実です。
…ということは独自に希少な価値を生み出せる人間が生き残れるという、当たり前で古典的な結論に達します。
じゃぁ、具体的にはどうすればいいのか?
「ない仕事」を作る
もともと、世の中に存在しなかった仕事を自分で作り出し、クリエイティブだけでなく戦略も営業も全部、自分だけでやってしまう仕事術で、みうらさん自身は「一人電通」式と呼んでらっしゃいます。
全国各地の自治体や観光関係者がまじめに送り出した「マスコット」を「ゆるい」という身も蓋(ふた)もない言葉に「キャラクター」をひっつけて、これまでに「ない」概念をつくってブームにしてしまう。
これが「ない仕事」の一例ですけど、みうらさんは、この本で、「ない仕事」を生むためのセンスの育み方や世の中に広めるノウハウのほか接待方法まで、すべて明らかにしてしまっています。
この本が出た今年(2015年)、57歳になった、みうらさんが35年前から続けてきた生き方の集大成で、現在も、通用する方法ですから、ある程度、年齡を重ねても続けられるという保証付きです。
30歳の人間が50歳にもなれば、いくら健康に気を配っていても体力は落ちます。
特に視力はいくら努力しても老化を抑えるのは難しい。
ですから自分の仕事のサスティナビリティを考えるときは加齢も加味しないといけませんが、この本はそこのところも自然に検証されていることになりますし、仕事がなければ自分で作ってしまえという極めてシンプルな生き残り術です。
「誰もやら『ない仕事』」という手段も
「ない仕事」なんてなかなか思いつくものでもない、という意見もあるでしょう。
でも大丈夫。
簡単に思いつく「ない仕事」もあります。
それは「誰もやら『ない仕事』」です。
言い換えると、「誰もやり続けられ『ない仕事』」です。
たとえば、有名なところでは米国のブランドン・スタントン(Brandon Stanton)さんという31歳の男性写真家が開設しているブログ「Humans of New York」です。
2010年から毎日のようにニューヨークの人々の肖像画を撮影して、その人物へのインタビューとともに紹介しています。
写真を撮って話を聞くだけ…ですが、街中にいる見知らぬ人々に声をかけて撮影とインタビューをするんですから危険も伴いますし、簡単に応じてもらえないことが多いでしょう。
でも現在では、このブログには全世界で1600万人以上がFacebookで「いいね!」を贈っています。
彼が貧困層の多い地区の学校に通う少年を紹介したことをきっかけに多額の寄付が集まるなど社会を動かす力にもなっており、ブログは書籍化もされています。
それは続けているからです。
ブログそのものはユーザビリティもよくないので、webの専門家が見れば、あれこれと口を出したくなるでしょうし、インタビュー記事も、プロの記者や編集者がみれば、不完全さが目立つでしょう。
彼がやっていることはシンプルですが、誰もがやり続けることができ「ない仕事」なので、続けることそのものがサスティナビリティの原動力になっています。
キーポイントはシンプル
みうらさんやスタントンさんの働き方がリモートワークというか、どうかは別にして、少なくともリモートワークに従事する人々がサスティナビリティについて考えるときのヒントになるのは確かではないでしょうか。
いずれにせよ、みうらさんが接待までも方法論のなかに取り込んでいるように…スタントンさんがシンプルなことを毎日繰り返しているように…2人の仕事に堅実な泥臭さを感じませんか。
サスティナビリティを支えているのは愚直な泥臭さで、それに耐えること。
キーポイントはそこだけかもしれません。
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