| 「安定」のためにスタビライザーを買いました。映像撮影ためで、人生がブレないようにするためではありません… |
今月末(2015年9月30日)をもって、1985(昭和60)年4月から在籍した新聞社を離れて第2の社会人生活をスタートさせます。
今後のことは10月1日以降に書くとして、現在は有給休暇も未消化のまま残っているので、用事や仕事があるとき以外は出勤はせず、次の暮らしに備えています。和歌山の父が入院して緩和ケアを受けている状況なので泊まり込みで付き添っている母の代役のための帰省もしています。病院の個室の簡易ベッドで夜を過ごすと、神戸支局や社会部時代の泊まり勤務を思い出しますね。実際に熟睡するのは2時間くらい。その状態で朝を迎える感覚が泊まり勤務明けと似ているんです。
退職を決めたのは何時(いつ)なのかは、色々とあってまだ明言はしないけれど…それ(退職を決めた時期)以降は「離陸」のための「助走」期間のように考えていました。
でも、実際に退職が近づくと、違っていたことがわかりました。
飛行機って、整備して燃料を入れて安全を確認して滑走路に移動します。それから助走して離陸しますよね。飛行機に乗っているとわかりますけど、空を目指して滑走路を走るときは、それまでの単なる機体の移動と違ってエンジンに気合いが入ります。客室内でシートベルトをつけて座っていてもエンジンやタイヤの振動が伝わってきますよね。
そのプロセスにたとえれば、今は滑走路を走っている状態で、気持ちは落ち着いて平常心ですけど、離陸に向けて緊張感をみなぎらせている、と言えるでしょうか。
webサイト「Allabout」の「ジャンボ機を操縦するvol.2」などを参考にすると…管制塔から離陸許可がおりて機長が「テイクオフ」という声を出して「V1」(離陸決心速度)で進んでいるときと今が重なります。
そういう意味では8月中旬くらいまでは、まだ整備をしたり、燃料を入れたり、安全を確認していたわけです。
僕はその前から助走していたつもりだったのですけど、考えてみれば、本当の意味での助走が始まったのは最近だと気づきました。だから、それまで助走と思っていた期間は単なる準備中でした。
離陸すると決まったら助走は短くしないと燃料の無駄遣いで、自動車にたとえればパーキングブレーキに手を添えながらアクセルを踏むようなことになりかねません。
助走と離陸は一体なんだということを実感しています。
今までは助走していたつもりになっていただけて本当は助走なんかしてなかったことに気づいたわけです。このまま本当に離陸を決めていなかったら助走と準備の区別がつかないところでした。
手持ちでビデオ撮影をするときにブレないようにカメラを安定させるスタビライザーも買いました。人間の人生のためのスタビライザーってあるのでしょうか?
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